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編集委員会からのお知らせ:2024年8月号海外文献紹介

APOE4/4 is linked to damaging lipid droplets in Alzheimer’s disease microglia.

Anissa Michael S. Haney, et al.
Nature.
628: 154-161 (2024). DOI: 10.1038/s41586-024-07185-7.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38480892/

 温故知新という言葉がありますが、アルツハイマー病(AD)研究分野においても数年ほど前からApolipoprotein E(ApoE)に関する注目が再び高まっている気がします。
 ApoEは脳内でのコレステロール輸送・代謝に関わる重要なアポリポ蛋白質で、ヒトの場合は112番目と157番目のアミノ酸がシステインであるかアルギニンかによってE2、E3、E4の3種類のアイソフォームが存在します。このうち、E4(両方ともアルギニン)がADの発症リスク因子として知られており、E4ホモの場合は発症リスクが約10倍にも増加します。また、ApoEは主にアストロサイトで発現が高いことが知られていますが、AD患者ではミクログリアでのApoE発現量が増加しているという報告も存在します。
 ADといえば老人班や神経原線維変化といった二大病変が有名ですが、ADの発見者であるAlzheimer博士の論文には多数の脂肪滴がグリア細胞で確認されるという特徴が記載されていました。先述の通り、ApoEは脳内の脂質代謝に必須の分子ですので、今回筆者たちはApoE4がミクログリアに及ぼす影響について検索を行いました。
 まず、E3ホモ健常人(age-matched control)、E3ホモAD患者、E4ホモAD患者の新鮮凍結脳組織を用いてシングルセル解析を行った結果、E4ホモAD患者では健常人に比べてACSL1という脂質代謝関連酵素が有意に発現上昇していることが明らかとなりました。ACSL1はフリーの脂肪酸からAcyl-CoAを作る際に働く酵素で、脂肪滴の形成にも関わることが知られています。続いて、ACSL1陽性ミクログリアをソーティングして遺伝子発現パターンを調べたところ、恒常型(いわゆる正常なミクログリア)でも疾患型(炎症性因子の発現が亢進しているミクログリア)でもない独特のパターンを示すことが判明しました。NAMPTの発現が高発現しているそうで、基礎老化研究者の先生方にとっても興味深い特徴ではないでしょうか。
 続いて、凍結切片を用いて脂質染色を行ったところ、老人班の周囲に脂肪滴を多数内包するミクログリアが確認され、ACSL1陽性ミクログリアと非常に局在が似ているとのことでした(オイルレッドO染色と免疫染色を組み合わせることができないため共局在までは確認できていません)。筆者らはこれらのミクログリアをLDAM(lipid droplet-accumulating microglia)と名付けましたが、LDAMの存在は認知機能テストであるMMSEと反比例し(LDAMが多い症例ほど認知機能が低下している)、老人斑数と比例していました。
 ApoEが脂肪滴の産生に関与するか否かを明らかにするため、E3ホモとE4ホモのiPS細胞からそれぞれミクログリアを分化誘導して検索したところ、E4ホモのミクログリアで多数の脂肪滴が確認されました。また、これらミクログリアに老人班の主要構成分子であるA線維を処理したところ、E4ホモのミクログリアでは脂肪滴が増加し、PLIN2やACSL1といった脂肪滴産生に関与する分子の発現が上昇しました。ちなみに、ApoEをノックアウトするとA線維を加えても脂肪滴は増加しなかったことから、Aによる脂肪滴産生増加にはApoEの関与が必須であることが判明しました。また、この変化はヒトiPS細胞由来のミクログリアのみならず、ラットの初代培養ミクログリアやヒトマクロファージの初代培養細胞、マウスのミクログリア系セルラインであるBV-2細胞でも確認されました。また、BV-2細胞を用いて脂肪滴産生に関与する遺伝子群をスクリーニングしたところ、やはりACSL1の発現が最も強く、ACSL1の阻害剤Triacin Cを加えるとA線維による脂肪滴の産生増加が抑制されました。
 LDAMにおけるエピジェネティックな変化を検索するため、LDAMをソーティングしてRNA-seqを行ったところ、NF-Bに関連する転写因子の発現が上昇しており、自然免疫系が賦活化されている状態に近いことが判明しました。また、A線維による脂肪滴増加に関わる分子を検索するため、CRISPR-KOスクリーニングを行ったところ、PI3Kの触媒ユニットであるPIK3CAやTLR4の下流で働くS100A1などがヒットしました。過去の報告で、PI3Kを阻害するとマクロファージにおける脂肪滴産生が低下するという報告があるそうなのですが、iPS細胞から分化誘導したミクログリアにPI3K阻害剤のGNE-317を処理すると同様の現象が生じ、さらに炎症性サイトカインの放出も抑制されたそうです。
 最後に、神経細胞への影響を調べるため、LDAMと脂肪滴の少ないミクログリアからそれぞれ採取したconditioned mediumをiPS細胞から分化誘導したヒト神経細胞の培養液中に加えたところ、LDAMのconditioned mediumを添加された神経細胞では細胞内に脂質の蓄積が認められ、Tauのリン酸化も上昇していました。AD患者の神経細胞では脂肪滴が確認されるものの、脂肪滴産生に関する遺伝子の発現はほとんど変化していないとの報告があるそうで、今回の結果からミクログリアの関与が示唆されました。
 まとめますと、ApoE4はミクログリアにおける脂質代謝系を変容させ、その影響が最終的に神経細胞も含めた脳組織全体の脂質代謝系を変容させて神経変性につながる可能性が示唆されました。実は今回、この論文とどちらを紹介しようか迷った論文があるのですが、そちらもグリア細胞の老化と脂質代謝との関連性を示すものでした(Byrns et al., Nature 2024; DOI 10.1038/s41586-024-07516-8.)。中枢神経系における脂質代謝の重要性を改めて感じる論文です。
(文責:木村展之)

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