Lactate activates the mitochondrial electron transport chain independently of its metabolism.
Hamilton Xin Cai, et al.
Molecular Cell. 83(21)::3904-3920.e7. (2023). DOI: 10.1016/j.molcel.2023.09.034.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37879334/
前回の海外文献紹介では、栄養ドリンクに含まれるタウリンにはモデル生物に共通した長生き効果があることを示した論文を紹介しました(Singh et al., Science, 2023)。さて、このような食品の成分が機能分子として、老化を制御できる可能性はどれくらいあるのでしょうか。今回は老化の文脈ではないのですが、そのような可能性を遠くに感じさせる、乳酸の新しい機能に関する文献を紹介します。
乳酸は、真核生物と細菌がともに、糖からATPを作る過程で産生する主要な代謝物です。ヒト血中の生理的濃度は1~2mMで、乳酸はグルコースに次いで二番目に豊富な炭素源です。多くの食べ物に含まれていて、法律により食品に添加物することも可能な身近にありふれた化合物です。従来、作られた乳酸の多くは細胞内では利用されずに外に放出されると考えられてきました。哺乳類では肝臓に集められ、Cori経路で糖にリサイクルされます。乳酸は長らく細胞の廃棄物と見なされてきましたが、近年新しい細胞内での機能が次々とトップジャーナルに報告されています。今回紹介するのは、がん促進性の代謝物(Oncometabolites)が存在することの発見など、がん代謝研究分野のパイオニアであるCraig Thompson研究室からの論文です。
彼らは、細胞外の乳酸が蓄積すると、ミトコンドリアマトリックス内にも侵入し、ミトコンドリア電子伝達系(ETC)が活性化されることを見つけました。これによるミトコンドリアATP合成の増加は、解糖系を抑制し、ピルビン酸を含めたミトコンドリア呼吸で利用される代謝物のミトコンドリア内への流れをさらに加速します。L-乳酸およびD-乳酸の両方が、ETC活性を高め、解糖系を抑制する効果があります。さらに筆者らは哺乳類ではD-乳酸の代謝速度が極めて遅いことを活用し、乳酸がETCを活性化する能力には、乳酸自体の代謝には依存しないことも示しました。グルコースが足りない、もしくはETC阻害剤によりがん細胞が十分に成長できない条件で、D乳酸の添加により細胞は成長できるようになりました。免疫チェックポイント阻害剤による活性化の標的であるCD8陽性キラーT細胞を用いた検討では、D-乳酸は細胞増殖および殺細胞性のエフェクター機能を強化しました。これらの発見は、乳酸がミトコンドリア酸化的リン酸化の能力を調節する重要な因子であることを示しています。
以上の結果は、これまで解糖系の最終産物(ピルビン酸⇒乳酸の反応)として扱われていた乳酸が、直接ミトコンドリアに作用する現象が起こり得ることを示しています。すなわち、ミトコンドリアにATP産生の炭素源を送りたくないときに、乳酸が増えると思われていた古典的な理解が、乳酸もミトコンドリアのATP産生を直接活性化するメッセンジャーとしての働きがあるとする今回の報告により、覆ります。論文ではがん細胞、T細胞等の培養細胞でのデータが中心ですが、後に個体レベルでも起こり得るかの検証は必要となるでしょう。老化の文脈でのミトコンドリア機能低下も乳酸が再活性化できるかは、私たちにとっては興味深い疑問です。今回の報告を頭に入れ、筋トレ後の筋肉痛が起きるとき、もしくはキムチやヨーグルトを食べた後、自分達のミトコンドリアにどういう変化が起きているか、日常とバイオ研究のはざまで思いを巡らせてみるのはいかがでしょうか。
(文責:伊藤 孝)