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編集委員会からのお知らせ:2023年9月号海外文献紹介

The YAP-TEAD complex promotes senescent cell survival by lowering endoplasmic reticulum stress.

Carlos Anerillas, et al.
Nat Aging.
Sep 4 (2023). DOI: 10.1038/s43587-023-00480-4.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37667102/

 加齢に伴い蓄積する老化細胞は、老化関連疾患の治療標的として注目を集めています。実際に、老化細胞の除去(セノリシス)を目的とした薬剤の研究開発も進んでいるようです。今回紹介する論文は、ヒト胎児線維芽細胞WI-38を用いた解析から、老化細胞の生存に関わる新たな経路を同定し、その分子機序を明らかにしたものです。さらに、その経路の阻害剤がセノリティクスとして有用であることをマウスモデルで示しています。
 著者らは全ゲノムCRISPRノックアウトスクリーニングにより、老化細胞の生存に関与する遺伝子の同定を試みました。その結果、エトポシドで細胞老化を誘発したWI-38細胞の生存には、Hippo–YAP–TEAD経路の遺伝子が関与することを突き止めました。実際に、YAP-TEADの転写機能を阻害するverteporfin (VPF)を老化細胞に処理すると、アポトーシスが誘導されました。またこのVPFの効果は、複製老化などの他の細胞老化モデルや異なる細胞種においても観察されました。
 次に著者らは、VPFによる細胞死の分子機序に迫りました。RNA-seq解析からVPFを処理した細胞ではERストレス関連遺伝子のmRNAレベルが増加することを見出し、VPFはERストレス応答に関わるPERK–EIF2A–ATF4を介してアポトーシスを誘導することを明らかにしました。また、早期にmRNAレベルが増加する遺伝子に着目し、DDIT4がERストレス応答の活性化と細胞死に関与することを突き止めました。さらに、DDIT4がERストレスを誘発するメカニズムを追求した結果、DDIT4によるmTOR阻害がホスファチジルコリンの生合成に関わるlipin-1とCCTの発現を抑制し、小胞体のサイズを低下させることを明らかにしました。そして、SASP因子を高発現する老化細胞ほどVPFに対してより脆弱であり、NF-B活性を抑えることでVPFによるERストレスと細胞死が抑制されることも示しました。
 これらの結果に基づき、老化細胞はYAP-TEADを活性化することで、DDIT4の発現を抑え、mTOR機能と小胞体生合成を維持し、SASPで誘発されるERストレスに対処していると著者らは主張しています。そして、YAP-TEAD阻害によりこのバランスが崩れると、過剰なERストレスが誘発され、アポトーシスが引き起こされると考えています。
 最後に、著者らはマウスモデルにおいてVPFの効果を検証しました。22ヶ月齢のマウスに2ヶ月間VPFを投与することにより、肺などの組織中のp16陽性細胞とp21陽性細胞が減少することを示しました。また、ドキソルビシンで細胞老化を誘発したマウスでも老化細胞が減少することを確かめました。さらに、VPFを投与したマウスにおいて、肺への免疫細胞の侵入の減少、TGF-シグナリング経路の抑制、線維化の減少、血中の腎機能、肝機能マーカーの低下を確認しました。このように、VPF投与により老化細胞が除去され、臓器の恒常性が部分的に改善するものと考えられました。
 本論文により、老化細胞の生存にYAP–TEAD経路が関与することが明らかとなり、SASP因子の産生に関わる小胞体を標的とした新たなセノリシスの機序が提示されました。老化細胞をターゲットとした薬剤の開発が、今後益々期待できそうです。
(文責:藤田泰典)

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