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編集委員会からのお知らせ:2023年6月号海外文献紹介

Taurine deficiency as a driver of aging.

P. Singh, et al.
Nature.
380: eabn9257 (2023). DOI: 10.1126/science.abn9257

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37289866/

 酵母、線虫、ハエ、マウスといった老化研究によく使われるモデル生物に共通して健康寿命と最大寿命を延びることは、カロリー制限や各種栄養素の制限などで多くの報告があります。その一方で、ある化合物を添加することで、真核生物に共通して寿命が延びる事例はほとんどありません。具体的には再現性も含めてほぼ確実と言えるのは、ラパマイシンとスペルミジンの2つで、他の物質に関しては、再現性をもってマウスも含めて効果があることまでは示されていません。Science誌で今月、3つ目となる可能性がある化合物として、タウリンが報告されました。私のポスドク時代の師匠、Matt Kaeberleinとラボメンバーも酵母と線虫の実験を担当して論文の共著者になっています。
 タウリンは動物の生体内に豊富に存在するアミノ酸の一種で、スルホン酸基を含んでおり、タンパク質を形成する一般的なアミノ酸とは構造的にも化学的にも異なります。筆者らは、マウス、アカゲザル、ヒトに共通して、タウリンの量が年を取ると、若いときの20%程度にまで落ちることを示します。マウスに毎日タウリンを与えると、オス、メスともに10%程度寿命が延びました。線虫でも寿命を延ばしましたが、出芽酵母では延びませんでした。マウスではタウリン投与により、脂肪が減少してやせ型になるとともに、調べたすべてのほぼ臓器の加齢の表現型が抑えれました。業界でみなが知る総説Hallmarks of Agingの各徴候も調べ、こちらも検討したほぼ全ての項目がタウリンにより改善されました。血液代謝物と健康データを欧州で約1万2千人から集めたEPIC-Norfolk研究(Pietzner et al., Nature Medicine 2021)を利用した解析から、血中タウリンとタウリン代謝物のレベルが高い人ほど、やせていて、糖尿病や炎症マーカーが少ない傾向があることもわかりました。さらにヒトで運動後に血中タウリンとタウリン代謝物のレベルが有意に上昇することも示しました。15歳のアカゲザル(ヒトの4-50歳の中年に相当)にタウリンを半年間投与した際の結果もマウスにほぼ同様で、やせ型になるとともに、骨が強くなり、肝臓障害の血中マーカーが軽減し、炎症と、活性酸素による損傷マーカーの軽減も見られました。
 タウリン欠乏が老化を促進する分子機序はこの研究では明らかになっておらず、タウリン投与が抗老化に寄与する分子機序も明らかにされていません。多くの可能性が残る中で、論文では、ミトコンドリアtRNAのタウリン修飾が加齢とともに減少し、タウリンの補充によって部分的に回復することを示しています。タウリン修飾tRNAに依存するミトコンドリアタンパク質であるNADHデヒドロゲナーゼサブユニット6(ND6)の量もまた、加齢とともに減少し、タウリンの補充によって増加しました。
 というわけで、今回報告されているタウリンの抗老化効果は「すさまじい」の一言です。抗老化剤候補として注目される他の手法は極めて高価である中、仮にマウスで寿命を延ばした量をヒトにそのまま換算するのであれば、タウリンはリポビタンDを4,5本飲むことに相当します(リポビタンDハイパーなら1,2本。ちなみにレッドブルの日本販売製品にはタウリンは入っていません)。投与したマカクザルの寿命の評価も含めた長期的な効果は、数年後には発表されることでしょう。筆者たちはヒトでの試験を進めていく予定のようです。なおヒトではタウリン投与での大規模の安全性試験はまだ報告されていない段階で、特にこの論文でマウスやサルで試された、エナジードリンクでの含有量を超えた摂取量がヒトにどう影響するかは、ほとんどデータがないと言えます。もしのちの試験結果を待ちきれず自分で知りたい方がいるならば、今回ヒトやサルでデータを出した血液生化学検査や骨密度測定のような検討なら、個人で試すことも、安くてかつ薬の規制も弱いタウリンならできてしまいます。ただし、カロリー制限にある程度似た、やせ型に伴う効果のように見えるデータが多いので、メタボの方の挑戦はGoかもしれませんが、サルコペニアの方には悪影響が出る可能性が特に懸念されます。投与前のデータ取得や非投与群のコントロール(友達や家族、もしくは長生きを望まないあなたの上司?)の設定はお忘れなく。
(文責:伊藤 孝)

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