Senescence atlas reveals an aged-like inflamed niche that blunts muscle regeneration.
「老化アトラスで明らかになった筋再生を阻害する加齢様炎症性ニッチ」
Moiseeva V, et al.
Nature. 613(7942): 169-178 (2023).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36544018/
老化の定義については現状においても明確にすることが困難な言葉の1つと言えるでしょう。一方、私たちの身体の機能が年齢とともに低下し、老化細胞が増加してくることは多くの研究から疑いの余地がありません。寿命が延伸している現代社会において、健康な状態で年齢を重ねることが共通の願いではないでしょうか。今回ご紹介するのは、加齢や疾患で増加する一方、腫瘍細胞の抑制に必要とされる老化細胞の実態について、分子・機能レベルで同定した論文です。
本論文は希少な老化細胞を取得し、トランスクリプトーム、クロマチン、パスウェイ解析など様々な手法により同定し、その役割を示しています。まず、p16-3MRマウス(老化細胞の可視化が可能なモデル)のカルディオトキシン骨格筋投与による筋損傷後の再生過程において、若齢(3-6ヶ月齢)よりも老齢(28ヶ月齢)で老化細胞が多く長い期間存在することを示しました。SPiDER-β-galを指標に、損傷後の筋組織からFACSを用いて老化細胞を単離し、シングルセルRNAシーケンシング(scRNA-seq)アトラスを作成しました。そして、損傷後の老化細胞ニッチの構成要素としてミエロイド細胞(MCs)・間葉系細胞(FAPs)・サテライト細胞(SCs)を特定しました。筋傷害を与えた二世代のp16-3MRマウスに抗ウィルス薬や抗悪性腫瘍薬を用いることで、老化細胞が減少し筋の再生促進と炎症の緩和が見られることを示しました。その効果は若いマウスの微少穿刺による一過性の損傷だけでなくmdxマウス(Duchenne型筋ジストロフィーのモデル)のような慢性的な損傷においても改善が見られ、筋ニッチに老化細胞が存在すると年齢や期間に関係なく筋再生に有害であることを示しました。著者らはこの実験から、老化細胞が一過性に存在することは再生に有益だとする既存の意見に疑問を呈しています。また、SPiDERの反応性と細胞表面マーカーを用いてFACSによる分画により、老化細胞を高純度で取得するプロトコルを確立しました。RNAseq解析によると、若いマウス(筋損傷3日後)の3種の細胞集団では、老化細胞は固有の遺伝子発現を示しました(例えば、SCsの老化細胞では筋収縮関連遺伝子、FAPsでは細胞骨格や弾性線維制御遺伝子、MCsでは免疫応答遺伝子など)。さらにパスウェイ解析・クロマチン解析を行うと、炎症と線維化に関する2つの老化の特徴が保存されており、老化細胞におけるクロマチンへのアクセシビリティーが低下していることが明らかになりました。SASPのトランスクリプトーム解析から見えてきたことは、主なSASPの特徴が炎症や線維化に関する遺伝子発現の増加であったことから生体内における老化細胞の特徴と一致していること、損傷を受けた若いマウスでも損傷後の老齢マウスと同様のサイトカインを分泌し一過性に存在する老化細胞のSASPが加齢様の炎症を模倣していること、NF-κBやMAD3 が損傷により誘導され老化と炎症に関与していることを明らかにしています。また、SASP成分が老化していないSCsの増殖停止やパラクライン的に老化を誘発する可能性を示唆しました。これらは老化細胞から分泌されるSASPが筋再生に関与する可能性が高いことを示しています。そして、今回SASP解析から同定されたCD36は損傷した筋肉では発現が高いものの、薬剤阻害では老化細胞の数に影響はなくSASPのみを減少させました。CD36のサイレンシングした老化細胞でもp16-3MRマウスへの移植後にホストへの影響がないことから、老化細胞が分泌するSASPがCD36に制御されパラクライン的に筋肉の再生に影響を及ぼす可能性が高く示唆された結果です。
近年、老化細胞除去への関心が高まり数々の報告がなされていますが、本論文では新たにCD36のようなSASP因子の中から生体内における機能的意義を明らかにしました。より大規模な老化アトラスを活用し老化に関わる分子を特定することで、健康な生活を長く送るための糸口を見つけることにつながるのだろうと期待されます。
(文責:板倉陽子)