APOE4 impairs myelination via cholesterol dysregulation in oligodendrocytes.
Joel W. Blanchard, et al.
Nature. 611: 769-779 (2022).
https://www.nature.com/articles/s41586-022-05439-w
さて、少々古い文献ではあるのですが、今回はアルツハイマー病のリスク因子であるアポリポ蛋白E(ApoE)に関する論文の紹介となります。既に何度も登場しているのでご存じの先生方も多いと思いますが、新たに入会された先生や学生の方もいらっしゃると思いますので、簡単に背景を紹介いたします。ApoEは脳内でのコレステロール輸送を司るアポリポ蛋白の1つで、ヒトではApoE2、ApoE3、ApoE4という3つの対立遺伝子が存在します。このうち、ApoE4は現在ほどゲノム解析が発達していなかった頃からアルツハイマー病のリスク因子として知られており、ApoE4をヘテロで有する場合は約3倍、ホモで有する場合は約15倍もアルツハイマー病の発症リスクが上昇します。一方、ApoE2はⅢ型高リポ蛋白血漿のリスクが高まるものの、アルツハイマー病に対する保護因子として知られています。これまで、多くの研究者がApoEとアルツハイマー病発症との関係について研究を展開しており、本学会でも国立長寿医療研究センターの篠原先生が優れた研究報告をされていることは記憶に新しいところです。今回ご紹介する論文は、これまでの研究成果を支持するとともに、オリゴデンドロサイトの重要性を強く示唆する論文でもあります。
今回、筆者らはApoE4を有するアルツハイマー病患者(ApoE4キャリア―)を対象にシングルセル解析を行い、ApoE3/3、ApoE3/4、ApoE4/4間における比較検討を行った結果、従来から知られている炎症関連因子の変動を確認したことに加え、脂質代謝関連因子がApoE4キャリアーで大きく変動していることを発見しました。特に、コレステロール合成系因子では有意な上昇が、コレステロール輸送系因子においては有意な減少が確認され、脳内コレステロール輸送に関わるApoEならではの変化といえる結果が得られました。ここまでの結果であれば従来とさほど変わらないのですが、ApoE4キャリアーを含む剖検脳の病理組織学的検索により、これらの変化は主にオリゴデンドロサイトにおいて生じており、ApoE4キャリアーのオリゴデンドロサイトでは顕著な脂質の細胞内蓄積が生じていることを発見しました。さらに、オリゴデンドロサイトへと分化誘導したApoE4キャリアー由来iPS細胞やApoEノックインマウスを用いた解析でも同様の結果が確認され、ApoE4はオリゴデンドロサイトにおける脂質代謝を障害することが明らかとなりました。オリゴデンドロサイトは中枢神経系において、コレステロールからなるミエリン(髄鞘)の形成に欠かせないグリア細胞であり、当然ながら神経機能に深く関与します。興味深いことに、ApoE4キャリアーの脳内では細胞内に脂質が蓄積したオリゴデンドロサイトが確認される一方、ミエリン形成は大きく低下していることが明らかとなりました。そこで筆者らは、コレステロールと結合して生体膜から引き抜くシクロデキストリンのようなコレステロール輸送を促進する薬剤をiPS細胞由来オリゴデンドロサイトやApoE4ノックインマウスに投与した結果、ミエリン形成が回復することを確認しました。これらの結果から、ApoE4はオリゴデンドロサイトの脂質代謝障害を介してミエリン形成を阻害し、神経機能を脆弱にすることで老年期におけるアルツハイマー病発症リスクを上昇させている可能性が示唆されました。
手前味噌で恐縮ですが、私も以前、アルツハイマー病発症の環境リスク因子であるⅡ型糖尿病が脳内コレステロール代謝を変容(やはり産生系が増加しておりました)させることで老化に伴うアミロイドβ蓄積を加速化することを発見したのですが(Takeuchi et al., Am J Pathol 2019)、どの細胞が関与しているのかまでは解析できておりませんでした。今回紹介した論文の成果から、アルツハイマー病態における脳内コレステロール代謝の重要性とともに、ApoE4による発症リスク増大の背景にオリゴデンドロサイトの存在が示されたことは今後のアルツハイマー病対策を考える上で大きな意味があると考えております。
(文責:木村展之)