p53 directs leader cell behavior, migration, and clearance during epithelial repair.
Kasia Kozyrska, et al.
Science. 375: eabl8876 (2022).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35143293/
科学者ではない方々との会話の中で、「老化したくない。いつまでも美しい肌でいたい。研究で何とかしてくれ。」と言われることがあります。細胞レベルの老化である細胞老化は、いかにも老化を促進して肌の質感を害しそうな悪いイメージを連想させるかもしれませんが、実際には癌抑制機構として重要な役割を担っているだけでなく、皮膚の創傷治癒に寄与しているなど、皮膚表層を正常な状態に維持するのに貢献しています。
表皮が物理的な損傷を受けると、最もダメージを受けた最前線の生き残った細胞の一部では、p38MAPKに依存してp53経路が活性化した「リーダー細胞」が出現します。リーダー細胞は、細胞老化の特徴である扁平な細胞形態をしており、二核形成等の特徴を有しています。リーダー細胞では、p53の活性化に伴い、下流のp21WAF1/CIP1 (p21) のサイクリン依存性キナーゼ (CDK) 阻害により、細胞周期の遅延が引き起こされ、以下に示すリーダー細胞としての生理機能に重要な役割を果たしています。リーダー細胞が出現すると、周りの「フォロワー」と呼ばれるp53の発現レベルが低い細胞群が、リーダー細胞が出現した創傷の最前線側へ協調して大移動を開始し、創傷の穴を効率的に埋めて治癒をしていきます。リーダー細胞は、フォロワー細胞が大移動する方向性を決定する道標となるわけです。一般的に生体内では、老化細胞は健全な細胞との競合に負けてクリアランスされますが、創傷治癒の場合も例外ではありません。リーダー細胞がフォロワー細胞の誘導業務を終えると、他の細胞との競合の中で淘汰されていきます。仮に、役目を終えたリーダー細胞が淘汰されずに居座り続けると、上皮特有の特徴的な構造を上手く構築することができません。つまり、リーダー細胞が出現し、役目を終えたリーダー細胞が消え去るところまでの一連の流れを終えて、はじめて完全な創傷治癒が完了するのです。
本論文では、まずMadin-Darby canine kidney (MDCK) 上皮細胞を用いたインビトロの培養系でも、生体上皮の創傷治癒の際と同様の、自発的なリーダー細胞が出現し、それに従い動くフォロワー細胞群が観察されることを見出しました。著者らは、MMC処理によりp53が活性化された細胞が、自発的リーダーの挙動を示すことを示しました。次に、p53 KO条件下では、Mdm2阻害剤により細胞増殖を抑制しても、フォロワー細胞としてしか振舞えず、リーダー細胞の挙動は示さないことを見出しました。これらの結果は、リーダー細胞の挙動にはp53の活性化が必須であることを示しています。次に、p21 KO条件下では、p53の活性化を誘導しても、十分なリーダー細胞としての挙動を示さないことが明らかになりました。この結果は、p53の下流のp21がリーダー細胞の挙動を促進するのに重要な役割を果たしていることを示唆しています。加えて、どのような分子制御機構によりp21がリーダー細胞の挙動を補佐しているかを調べるため、著者らは、p21が持つCDK阻害活性と同様の効果を発揮するCDK阻害剤をp21 KO条件下で処理しても、リーダー細胞の挙動を示すことを明らかにしました。また、p21の下流の遺伝子であるPI3KとRac1が、リーダー細胞の挙動を制御していることも突き止めました。これらの結果は、p21がCDK阻害活性により細胞周期が遅延され、結果として下流のPI3KとRac1の発現が誘導されることが、リーダー細胞の挙動に必要である可能性を示唆しています。
次に著者らは、上皮細胞が単層で敷き詰められたシート上で機械的な損傷を与えた時に、損傷部位の端でp53が活性化した細胞が出現するかを調べました。予想通り、機械的損傷部位の端の部分では、p53陽性細胞が出現しました。興味深いのは、p53の上流のストレス関連キナーゼであるp38経路を阻害すると、同様の実験を行ってもp53陽性細胞は出現しなかったということです。この結果は、上皮細胞が機械的な損傷を受けた条件下では、p38を介した経路でp53が活性化され、リーダー細胞の挙動が誘導されていることを示唆しています。
続いて、p53の活性化や抑制によって、損傷した上皮の修復速度が変化するかどうかについて調べました。GSE-22の過剰発現によりp53の活性化を抑制した条件下では、フォロワー細胞の移動速度が低下しました。一方、最前線の細胞にレーザー照射を行い、DNAダメージを与えてp53を活性化した条件下では、フォロワー細胞の移動速度は上昇しました。これらの結果は、損傷の最前線でp53陽性細胞が効率よく出現することがフォロワー細胞の移動速度に影響を与えていることを示唆しています。
最後に、役目を終えたリーダー細胞が、フォロワー細胞の移動が完了した後にどうなるのかを調べました。興味深いことに、自発的リーダー細胞の75.9%、損傷により誘導されたリーダー細胞の40%がクリアランスされました。さらに、このp53陽性細胞のクリアランスにはp21が関与しており、p21の過剰発現条件下ではフォロワー細胞の移動完了後にもリーダー細胞が除去されにくく、上皮が正常な構造を形成できないことがわかりました。
リーダー細胞の出現によるフォロワー細胞群の協調した移動は、創傷後の上皮細胞だけでなく、心筋細胞の移動や、血管新生時の細胞の動向、転移性の癌細胞の遊走等にも関わっていることが知られていることから、様々な細胞の移動を担う普遍的な分子制御機構である可能性があります。幅広く、再生医療などへも応用されていくことを期待しています。
ご興味がありましたら、是非ご一読願いたいと思います。
(文責:橋本理尋)