海外文献紹介2021年12月号
Counteracting age-related VEGF signaling insufficiency promotes healthy aging and extends life span.
Myriam Grunewald, et al.
Science. 373: eabc8479 (2021).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34326210/
加齢に伴う様々な変化は臓器の機能低下だけではなく疾患を促し、血管病などを誘発することが報告されています。今回ご紹介する文献では、加齢が血管病のリスクファクターとして知られている一方で、血管の老化そのものが臓器機能の低下に関わると考え、血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor: VEGF)の影響について検討しています。健康的に年を経るためにどのような体を目指したらよいのかを考えるきっかけとして、加齢と血管の重要な関係性についてご紹介します。
著者らは、健康的な寿命延長のために毛細血管の維持が重要であると考え、まずは加齢にともなう VEGFシグナル伝達について検討しました。VEGFが全身に継続的に循環されるVEGFマウスを作製して、加齢にともない血清中に分泌されるVEGF量とシグナル伝達について調べました。一般的な個体では加齢とともにVEGFシグナル伝達の減弱化は促進しますが、24カ月齢のVEGFマウスは正常な3カ月齢と同程度にリン酸化VEGFR2を発現し伝達が損なわれないことを示しました。一方、内因性のデコイレセプターである可溶性VEGFR(sFlt1)は加齢とともに増加し、sFlt1の過剰発現によりVEGFシグナル伝達を阻害しました。次に血管領域について調べた結果、24カ月齢のVEGFマウスでは3カ月齢とほぼ同程度の面積を維持し加齢による減少を抑制していましたが、sFlt1過剰発現マウス(sFlt1マウス)では正常な16カ月齢(コントロール群でsFtl1が増加する時期)のマウスのおよそ半分の面積へと減少が進行することを示しました。また、VEGFマウスでは雌雄ともに寿命が延長しました。糖代謝とエネルギー効率、および熱産生を行う褐色脂肪細胞(brown adipose tissue: BAT)の数は加齢で減少しましたが、VEGFマウス(24カ月齢)では維持されていました。VEGFの存在は体重を一定に保ち、加齢にともなう皮下脂肪や肝臓における脂肪細胞の増加を抑制していました。肝臓の酵素の血清レベルにおいても同様の結果を示しました。一方、sFlt1マウス(16カ月齢)では肝臓の脂肪細胞は正常時よりも著しく増加しました。さらに、VEGFマウス(24カ月齢)の後肢の筋肉において、加齢にともなう核の異常配置を抑制し、筋細胞膜下のミトコンドリアの密度を増加させ、骨密度を維持していました。つまりVEGFマウスでは筋肉や骨などを若い状態に保っていたのです。炎症反応においても、加齢で増加する炎症マーカーなど(顆粒球、C-reactive protein、MCP1)はVEGFマウス(24カ月齢)では若齢と同程度であり、血管周囲への炎症性浸潤や壊死性炎症の病巣、および白色脂肪細胞と肝臓の懸濁液における免疫細胞の減少が確認されました。
本論文において、著者らは、加齢は細胞だけではなく臓器のシステムなど様々なレベルで促進され血管もその主要な役割を果たすと述べています。毛細血管の減少は灌流を損ない組織の低下をもたらします。しかし、VEGFマウスで得られた結果はVEGFが若い血管を保ち、血管の透過性や免疫細胞のような血管以外の細胞に作用することを示しました。そして、加齢にともなう毛細血管の減少を抑制するVEGFシグナルの増加は寿命を延長し、脂肪肝、サルコペニア、骨粗鬆症、炎症性老化(加齢に伴う多臓器慢性炎症)、腫瘍の増加などの加齢にともなう様々な病態も改善しうることを示しました。本研究で毛細血管などの血管恒常性が重要であると示されたことは、血管の健康が大切であることを裏付ける大変興味深い報告であり、VEGFなどにより健康維持あるいは臓器回復の可能性があることは今後の健康寿命の延伸ならびに疾患治療において多くの期待がもたらされます。
(文責:板倉陽子)