Astrocytic interleukin-3 programs microglia and limits Alzheimer’s disease.
Cameron S. McAlpine, et al.
Nature. 595: 701-706 (2021).
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34262178/
最近、紹介者は神経変性を伴う指定難病の研究に着手致しました。この研究分野に移ってからすぐに認識したのは、ニューロンと脳の維持にはグリア細胞の存在が重要な役割を果たしているということです。例えば、グリア細胞系の細胞老化が促進するとニューロンの維持が困難になり、ニューロンの寿命が短くなることや、ミクログリアの貪食作用による変性神経細胞のクリアランスが正常なニューロンの環境維持に重要であることがわかってきました。このような、グリア細胞による脳内の適正な環境維持は、アルツハイマー病 (AD) だけに留まらない、様々な神経変性疾患の病態悪化を遅らせることに寄与していると思われます。前回の石井先生の海外文献紹介では、ミクログリアだけでなく、アストロサイトもファゴサイトーシス (食作用) 機能を有するという衝撃的な論文紹介がありましたが (Joon-Hyuk Lee et al., Nature. 2021; 590:612-617)、複数種のグリア細胞がどのような分子メカニズムで連携を取り合い、共闘しているかについては未解明の部分が多いのが現状です。
この論文では、アストロサイト由来のインターロイキン3 (IL-3) が、ミクログリアの急性の免疫応答能力や運動性を向上させ、アミロイドβ (Aβ) やタウの凝集体を除去する能力を亢進することを示しています。これまで、インビトロの実験系ではIL-3と神経変性との関連については複数の報告がありましたが、ADの認知機能などのインビボの実験系でIL-3の関与が示されたことが大きいと思われます。
私は、このアストロサイトによるミクログリア機能の制御機構が、アルツハイマー以外の神経疾患にも関与しているという報告が出てくる可能性を考え、本論文を紹介することにしました。皆様にも興味を持っていただけたら幸いです。
まず、著者らはIL-3欠損マウスとADのモデルマウスである5xFADマウスを交配して、Il3-/-5xFADマウスを作製し、脳について解析を行いました。Il3-/-5xFADマウスでは、5xFADマウスと比較してAβの蓄積が促進されており、短期記憶や空間学習記憶等の記憶保持能力が低下していることがわかりました。
また、著者らは血漿中濃度と比較して、脳脊髄液中のIL-3濃度の方が約4倍も高いことを見出しました。この結果は、IL-3が脳で発現が高いことを示唆するものでした。次に、脳内でIL-3を発現している細胞種の特定を試み、アストログサイトの約4%がIL-3産生を行っていることがわかりました。これらの一部のアストロサイトは恒常的なIL-3発現を維持しており、野生型マウスと5xFADマウスの脳間においても、アストロサイトから産生されるIL-3量には差異がないようでした。一方で、IL-3の受容体の発現量を調べたところ、興味深いことがわかりました。野生型マウスの脳ではIL-3レセプターa (IL-3Ra) +のミクログリアの割合がわずか8%であったのに対し、5ヶ月齢の5xFADマウスのミクログリアでは、IL-3Ra+の細胞の割合が20%を占め、8ヶ月齢に至っては50%を占めていることがわかりました。つまり、5xFADマウスのミクログリアでは、比較的早期からIL-3Raの発現上昇が認められたということです。しかも、このIL-3Raの発現上昇は、ミクログリア細胞種で特異的に認められたのです。
次に、ヒトの脳におけるIL-3シグナル伝達について解析を行いました。AD患者と健常者の前頭皮質を比較した組織学的な解析では、マウスの結果と同様に、IL-3がアストロサイトに局在する結果が得られました。また、AD患者でもIL-3のタンパク質レベルは健常者と同じであったのに対して、ミクログリアにおけるIL-3Raの発現量の方はAD患者で有意に上昇していたことも、マウスでの結果と共通しています。このIL-3Raの発現量が高いミクログリアは、アメーバ状の形態を示しており、活性化型のミクログリアであることがわかりました。また、マウスの結果と同様に、Aβの蓄積レベルとIL-3Raの発現レベルは相関していました。これらの結果は、ADの病状悪化に伴って、ミクログリアのIL-3Raの発現が誘導され、ミクログリアへのIL-3シグナルが入りやすくなっていることを示唆しています。
次に著者らは、5xFADマウスとIl3-/-5xFADマウスにおけるミクログリアのRNA-seq解析を実行しました。この解析からは、IL-3がTREM2の下流のシグナリング経路で機能しており、免疫応答、細胞形態、運動性応答等に関与していることが示唆されました。興味深いのは、5xFADマウスのミクログリアはAβプラークの近くに集積していたのに対し、Il3-/-5xFADマウスのミクログリアはAβプラークからの距離によらず、均一に細胞が散在していました。これはミクログリアへのIL-3の刺激がAβの認識に関わることを示唆していますが、一方で、IL-3の刺激の有無はミクログリアの貪食能力には影響を与えないようです。さらに著者らは、誘導性ミクログリア特異的にIl3raをノックアウトした5xFADマウスを作製し、Il-3Ra+ミクログリアの出現を抑制した条件下ではAβの蓄積量が増加し、マウスの記憶保持も低下することを示しました。
論文の内容を再度まとめると、IL-3は一部のアストロサイトが恒常的に発現しているのですが、ミクログリアにおけるIL-3Raの発現はADの病状悪化に伴い上昇するようです。そして、ミクログリアへIL-3シグナルが入ることにより、蓄積したAβへ導かれ、結果としてAβ貪食を促進することに繋がっているようです。
紹介者は、IL-3のシグナル制御による新たなAD治療法が開発されることを期待しているところです。また、同様のメカニズムで、他の神経疾患の治療法にも応用できる日が来ることを願っております。また、IL-3以外の未知のグリア細胞制御因子が今後も発見されていくことを期待して、胸が躍る思いです。本論文を、是非ご一読いただければ幸いです。
(文責:橋本理尋)