学会誌

細胞老化の過去、現在、未来
近藤 祥司
京都大学医学部附属病院 高齢者医療ユニット・地域ネットワーク医療部
細胞老化研究の変遷の歴史は、老化研究の歴史でもある。ヘイフリックによる複製老化の発見が、テロメア・テロメラーゼ研究に発展した。さらにテロメア非依存性細胞老化としてストレス老化が提唱され、テロメア以外の様々な老化マーカーも見出された。細胞周期制御因子である p16Ink4aもその一つである。さらに、ストレス細胞老化は、「発癌に対する生体バリアー」という正の側面と、「慢性炎症惹起」という負の効果を備えることが判明し、個体老化における細胞老化の重要性が再認識された。その成果の臨床応用として、今後、ヒト加齢性疾患でのテロメア計測の意義や、老化細胞除去の可能性が注目されている。本稿では細胞老化に関して概説する。
キーワード:Telomere, Stress-induced senescence, SASP, Cell cycle,
Senolysis
呼吸器の老化・疾患と細胞老化
川口 耕一郎 1、杉本 昌隆1,2
1国立長寿医療研究センター研究所
2名古屋大学大学院医学研究科
古くから細胞老化は、がん抑制機構として機能することが知られていたが、近年の研究成果から、細胞老化が個体の発生から老化に至るまで、広範囲に及ぶ生命現象・疾患に関与することが明らかになりつつある。特に最近、多くの研究者によって行われた遺伝子改変マウスやセノリティック薬を用いた老化細胞除去実験からは、細胞老化が組織の老化や加齢性疾患の発症・増悪化に関与することが示されている。 慢性閉塞性肺疾患は、世界で死因の上位を占める難治性の疾患である。同疾患には老化細胞の蓄積が関与することが示唆されており、老化細胞を標的とした創薬・治療法の開発が期待されている。本稿では特に、肺組織の老化と呼吸器疾患における細胞老化の役割について近年の研究成果をもとに概説し、細胞老化を標的とした将来的な創薬・治療の可能性に言及する。
キーワード:細胞老化、Senolysis、肺組織、COPD、肺気腫
ショウジョウバエにおける細胞老化と SASP
芥 真弓、井垣 達吏
京都大学大学院 生命科学研究科 システム機能学分野
細胞老化現象は、がん抑制的およびがん促進的な相反する2つの性質をもち、後者の作用は老化関連分泌表現型(SASP)を介した周辺細胞への様々な影響によって引き起こされると考えられる。細胞老化やSASPの誘導メカニズムはこれまで哺乳類において研究されてきたが、我々はこれらの現象がショウジョウバエにおいても進化的に保存されていることを見いだした。また、ショウジョウバエの老化細胞における細胞周期停止やSASP誘導には、JNKシグナルが重要な役割を果たし、これにより細胞間コミュニケーションを介した腫瘍増殖や悪性化が引き起こされることも明らかになってきた。今後、ショウジョウバエ遺伝学を駆使した研究により、細胞老化を介したがん制御や個体老化制御の分子メカニズムが明らかになっていくと期待される。
キーワード:Cellular senescence,Drosophila,SASP,JNK,Agin
細胞老化と加齢性疾患~予防・治療標的研究の最前線~
渡邉 すぎ子、原 英二
大阪大学 微生物病研究所 遺伝子生物学分野
加齢に伴ってヒトの生体機能は低下し、日々の様々なストレスへの対応が十分でなくなることが疾患に繋がるとされる。実際加齢は種々の疾患のリスク因子であり、高齢化社会における重要な研究課題である。近年細胞老化をおこした細胞(老化細胞)が、加齢に伴い体内の組織に蓄積する現象が観察されており、細胞老化と個体老化との関連が注目されている。マウスにおいて、主要な細胞老化誘導因子p16を発現した細胞を人為的に死滅させると、老化現象の軽減と寿命の延伸が報告されている。このような実験結果から加齢性疾患の対策に向けて、老化細胞を選択的に体内から除去するSenolytic 薬の研究が進んできている。本稿では、細胞老化の特徴と加齢性疾患との関連、さらにはSenolytic 薬(老化細胞除去薬)や Senomorphic薬(老化細胞阻害薬)の開発に向けた研究について、最近の知見を紹介しながら今後の展望について論じたい。
キーワード:Senescence, Age-related disease, Senotherapy
2020年5月
44巻2号

| 第43回(2020年)日本基礎老化学会大会号
「基礎老化研究のグローバル化に向けて」
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4.8MB
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2020年1月
44巻1号

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4.4MB | 目次
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名誉会員寄稿文
事務局のお仕事
新海 正
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898KB)
特集企画「老化制御への挑戦 ~食品成分・漢方薬の科学的根拠~」
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645KB)
総説
老化制御研究による健康長寿への貢献
石神 昭人
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785KB)
総説
緑茶による脳の老化予防
海野 けい子
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892KB)
総説
水溶化コエンザイムQ10による老化制御
高橋 真由美、高橋 和秀
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845KB)
総説
漢方薬による老化制御
孫 輔卿
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1.1MB)
奨励賞受賞者研究トピックス
骨格筋および骨格筋幹細胞におけるプロテアソーム機構の役割
北嶋 康雄、小野 悠介
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756KB)
奨励賞受賞者研究トピックス
老化に伴う糖鎖変化がもたらす細胞機能制御の解明に向けて
板倉 陽子
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894KB)
奨励賞受賞者研究トピックス
FoxO3aは皮膚老化による萎縮や色素沈着を抑制する因子である
金 周元、Choi Hyunjung、清水 孝彦
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937KB)
海外便り
#MitoLove - Thomas Langer department@MPI-AGE
龍田 高志
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847KB)
訪問記
ドイツCECADとMPI-AGE訪問記
清水 孝彦
(pdf
823KB)
学会見聞録
30th Anniversary Spring International Conference of
the Korean Society for Gerontology
and 19th Korea-Japan Gerontologist Joint Symposium
多田 敬典
(pdf
847KB)
学会見聞録
Biology of Aging, Gordon Research Conference(GRC)
石井 恭正
(pdf
842KB)
学会見聞録
Biology of Aging, Gordon Research Conference(GRC)
関根 匠
(pdf
797KB)
学会見聞録
The 11th IAGG Asia/Oceania Regional Congress 2019
船越 智子
(pdf
829KB)
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老化制御研究による健康長寿への貢献
石神 昭人
東京都健康長寿医療センター研究所 老化制御研究チーム 分子老化制御
老化制御とは,人生のある時期からそれまでとは異なる手段を取り入れることで,加齢に伴う生理機能の低下速度を遅らせたり,または部分的にでも低下した生理機能を回復させたりすることにより老化の進行速度を遅らせることである.生物の寿命(最長寿命)を決定する要因には,遺伝的要因と生活環境要因がある.双子の調査研究から,ヒトの寿命に対する遺伝子の寄与率は約25-30%と推測される.そして,残りの70-75%は,後天的な要因,すなわち生活環境要因が大きく関与する.老化速度を最大限に遅くし,健康寿命を最長寿命に限りなく近づけるには,高齢期に不足しがちなタンパク質などの三大栄養素やビタミンCなどのビタミン類,ミネラルなど必要な栄養素を毎日の食事から十分に摂取する必要がある.
キーワード:老化,老化制御,健康寿命,SMP30,ビタミンC
緑茶による脳の老化予防
海野 けい子
静岡県立大学 茶学総合研究センター
カテキンは緑茶に豊富に含まれる抗酸化物質であるが、その中でエピガロカテキンガレート(EGCG)は加齢に伴う脳機能低下を抑制することが実験動物を用い明らかとなった。EGCGは摂取した量の0.2%程度が小腸から血液中に移行し、更にその約4%が実際に血液脳関門を介して脳内に取り込まれ、神経細胞の分化を促進することが示唆された。一方大部分のEGCGは腸内細菌により分解されるが、その代謝分解物もEGCGと同様に脳に作用しているものと考えられる。また緑茶中で最も多いアミノ酸であるテアニンとそれに次ぐアルギニンは、ストレスによる脳の老化促進に対して抑制的に作用することが実験動物を用い明らかとなった。緑茶中に含まれるカフェイン(C)やEGCG(E)はテアニン(T)およびアルギニン(A)の抗ストレス作用に拮抗的に作用することから、(CE/TA)の比率の違いは緑茶の抗ストレス作用に影響を及ぼす。この比率が2以下の抹茶には抗ストレス作用があることが臨床研究で明らかとなった。ストレス軽減を介した老化予防も重要だと考えられる。
キーワード:緑茶、カテキン、テアニン、ストレス、脳
キイロショウジョウバエの代謝シグナルを介した飢餓条件での体温調節機構
梅崎 勇次郎
シンシナティ小児病院医療センター
体温は恒常性において重要な因子である。体温を一定の範囲に保つことで、生理反応を安定に行うために必須である。体温調節は、自律性体温調節と行動性体温調節に分けられ、恒温動物の体温は両方を用いた複雑なシステムにより制御されている。変温動物、とくに小型の昆虫は行動性体温調節を主に利用し、外気温を感知して至適な温度を選択する行動(温度選択行動)を駆動し、選択した局所環境の温度を体内に取り込むことで体温を調節する。
恒温動物の体温に影響する因子として、光条件、ストレス、概日リズム、加齢、栄養条件などの因子が報告されている。変温動物の温度選択行動に関してもいくつかの同様の因子が影響を及ぼすことが近年報告されている。
本稿では、変温動物であるキイロショウジョウバエの温度選択による体温調節、および最近筆者らが明らかにした飢餓条件での体温調節を中心に、代謝シグナルを介した体温調節機構について紹介する。
キーワード:キイロショウジョウバエ、体温、温度選択行動、インスリンシグナル、TrpA1
水溶化コエンザイムQ10による老化制御
高橋 真由美、高橋 和秀
東京都健康長寿医療センター研究所 老化制御研究チーム
ミトコンドリア機能の変化が老化や老化関連疾患に深く関わっていると言われている。ミトコンドリア機能の一つである酸素消費速度の加齢変化を調べると、平均寿命のおよそ半分の時期に当たる12~15ヶ月齢の雄マウスの脳で顕著に低下し始める。酸素消費の減少は呼吸鎖複合体IVの酵素活性の低下と電子伝達体であるコエンザイムQ(CoQ; CoQ9およびCoQ10)の減少、皮質運動野におけるリン酸化αシヌクレインの増加およびグルタミン酸作動性ニューロンの機能低下を伴う。さらに個体レベルでは、15ヶ月齢マウスは6ヶ月齢マウスに比べ動作が緩慢になり、自発運動量も有意に減少していた。15ヶ月齢マウスにおけるこれらの加齢変化は、水溶化CoQ10の飲水投与によりほぼ完全に回復した。水溶化CoQ10による老化制御の可能性について、我々の得た知見を中心に紹介する。
キーワード:脳内ミトコンドリア,酸素消費量,α-synuclein,運動障害,水溶化コエンザイ ムQ10
漢方薬による老化制御 -Ginsenoside Rb1による血管老化病態石灰化の抑制作用機序-
孫 輔卿
東京大学大学院医学系研究科 加齢医学講座
漢方薬は高齢者の臓器予備能低下、免疫力低下のようなフレイル状態を改善する効果のみならず、老化の進行を遅延・抑制する作用も期待できる有効な薬剤であるが、その作用機序が明確でないことが課題である。そのなか、人参生薬の有効成分であるGinsenoside Rb1(Rb1)の血管老化病態、石灰化に対する作用を検討した結果、Rb1はテストステロンと類似した血管石灰化の抑制効果を示した。そのメカニズムはアンドロゲン受容体を介した石灰化中核因子growth arrest-specific gene 6の転写活性化による、アポトーシス抑制作用であった。さらに、テストステロン補充で懸念される発がん作用がRb1には認められなかったことから特異的なアンドロゲン受容体のモジュレーターとして、血管石灰化をはじめ、血管老化病態に対するRb1を含む漢方薬処方の可能性が示唆された。今後、更なる漢方成分の機序解明が進み、科学的な根拠に基づく漢方薬の処方が実現できれば、老化およびフレイルに対する医療的介入において漢方薬の果たす役割は大きいと考える。
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