編集委員会からのお知らせ

海外文献紹介2024年11月号

COPI vesicle formation and N-myristoylation are targetable vulnerabilities of senescent cells.

Domhnall McHugh, et al.
Nature Cell Biology. 25: 1804-1820. (2023). doi: 10.1038/s41556-023-01287-6.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38012402/

 セノリシス剤は抗がん剤として用いられてきた物が多く、副作用の懸念があり課題があります。今回ご紹介する論文はセノリシス作用の新たなターゲットを発見し、本標的剤の臨床応用の可能性を明らかにしました。
 本論文ではRAS誘導性の老化細胞に5000種類のノックダウンsiRNAライブラリーを発現させ、その中から127種類のsiRNAが老化細胞の細胞死を誘導する分子として特定されました。そこに含まれていたのが、ゴルジ体と小胞体間の輸送に関わる小胞体形成過程に関与するコートマー複合体I(COPI)関連遺伝子で、発現抑制により老化細胞特異的にCaspase3/7依存性の細胞死を誘導することを発見しました。実際にCOPI形成を阻害する薬剤を老化細胞に処理すると選択的に細胞死を誘導しました。
 老化細胞ではCOPI形成過程に関わる遺伝子群が高発現し、老化細胞の指標の一つになっています。RAS発現で細胞老化を誘導するとゴルジ体が拡張しますが、COPI関連遺伝子COPB2をノックダウンした細胞では細胞老化を誘導するとゴルジ体が分散し破壊されました。老化細胞では増加したSASPがたんぱく質のフォールディング異常を誘導し、このSASPと異常たんぱく質の蓄積に備えるためゴルジ体が拡張します。一方COPB2をノックダウンした細胞では、ゴルジ体が破壊されることで本来分泌されるたんぱく質の細胞内蓄積が増加します。それにより異常タンパク質の過剰蓄積が正常なオートファジー機能を阻害し、その結果生じるタンパク質毒性が老化細胞選択的な細胞死のメカニズムです。
 臨床応用を見据えてCOPI阻害剤のセノリシス作用をin vivo試験で確認しました。COPI経路を標的とした既存の薬剤は薬理学的特性が乏しく、臨床使用が妨げられています。本論文では、COPI形成に必須であるARF機能にはミリストイル化による翻訳後修飾が必須であることを明らかにし、ミリストイル化阻害剤を使用しました。この阻害薬は複数の老化モデルでセノリシス作用を示しました。
 ミリストイル化される分子は多数存在するので、実際の臨床使用には課題が残ると著者らも指摘しています。安全性をさらに検証する必要がありますが、本経路を標的とした新たなセノリシス剤の開発のきっかけとなることが期待されます。
(文責:澁谷 修一)

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海外文献紹介2024年10月号

Dietary restriction impacts health and lifespan of genetically diverse mice.

Andrea Di Francesco, et al.
Nature. 634: 684-692. (2024). doi: 10.1038/s41586-024-08026-3.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39385029/

 周知の通り、老化研究はカロリー制限(CR)によるげっ歯類を含むモデル生物の寿命延長と、代謝関連の表現型や遺伝子との関連が主要な分野となっています。近年、総カロリーを減らさなくとも、時間を決めた食事制限(Intermittent fasting, IF)がマウスで代謝変化と健康効果をもたらすことが多く報告されています。しかし、CRとIFのどちらが効果が高いのか、また両者に質的にどのような違いがあるのかはかわかっていません。また、CRやIFへの反応は個体ごとに大きく異なるものの、その背景にある要因や、寿命に相関する生体指標についてもまだ十分にはわかっていません。
 今回、筆者らは12系統のマウスを交雑させた遺伝的多様性の高いマウス960匹を、(1)食べ放題(2)IF 1日(3)IF 2日(4)CR 20%(5)CR 40%の5群(N=192)に分け、食事制限による寿命への影響を調べました。また、これらのマウスで多岐にわたる表現型の長期変化と個体の寿命との相関も調べました。
 このデザインで多くの発見がありましたが、まず寿命の長さは(5)から(1)の順番となりました。これはカロリー制限の度合いに比例しましたが、(2)IF 1日は総カロリー摂取が(1)食べ放題の群と変わらなかったにもかかわらず、IFにも弱いながら寿命延長効果が見られました。
 この960匹のほぼすべての個体のゲノムを解析し、個体ごとの寿命との関連を調べた結果、食事制限よりも、むしろ遺伝型の方が寿命への影響が強いことがわかりました。ヒトでは遺伝的要因よりも環境要因が寿命との関連でより強いとする報告が多い中、同一環境において、食事パターンより遺伝的要素が寿命に強く影響するという結果には意外性があります。
 もう一つ意外性の高い結果として、代謝関連のパラメーターが寿命にほとんど相関しなかったことが挙げられます。むしろ、CRで特に痩せる個体が早期に死亡し、痩せない個体ほど長生きする傾向がありました。つまり、CRに伴う体重や脂質の減少は長寿にはほぼ関連しないことがわかりました。また、CRでよく見られる代謝関連の変化である、空腹時血糖やエネルギー消費量、呼吸商の変化も、寿命とは関連がありませんでした。体重減少と長寿が相関しないことは、ラパマイシンと長寿の関係においても拙著(eLife 2016)で報告しています。
 他にも、寿命と免疫との相関や、各群におけるプロファイルの違いが多くの測定項目に関して示されています。本論文はデータ量が膨大なため、このあたりにとどめますが、食事制限と老化に関する大辞典的な位置づけとなる内容であり、今後、多くの関連研究の指標となるでしょう。会員の皆様も論文の図表をご覧いただければ、ご自身の研究から新しいアイディアが生まれることと思います。ぜひご一読ください。
 最後に、この論文の出資者であり主要な研究スタッフはGoogle出資のCalicoです。今後も、アカデミアの研究室単位では実現できない規模のプロジェクトで、新興企業が驚きの成果を出していく展開が予想されます。
(文責:伊藤 孝)

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海外文献紹介2024年9月号

Spatially clustered type I interferon responses at injury borderzones.

V. K. Ninh, et al.
Nature. 633: 174-181. (2024). doi: 10.1038/s41586-024-07806-1.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39198639/

 これまで心筋梗塞後の非感染性炎症は骨髄細胞の働きによるものと考えられていました。今回、心筋細胞や線維芽細胞のような非免疫細胞におけるI型インターフェロン(IFN)に関わる分子の選択的な抑制が、心筋症の改善に有効だとする新たな報告がありました。そこで、心筋梗塞の境界領域に生じる病的ニッチに関して空間的オミクス解析による新しい発見についてご紹介します。
 著者らは、心筋梗塞発症マウス(12-14週齢・雄)およびヒトの心臓組織において、空間的トランスクリプトーム解析(Visium)とシングルセル解析(MERFISH)を行いました。いずれの場合も、心筋梗塞がインターフェロン誘導遺伝子(ISG)を発現し、インターフェロン誘導細胞(IFNIC)のコロニーを梗塞部位との境界領域(BZ)に誘導することを見いだしました。IFNを誘導するIrf3を細胞(心筋細胞、線維芽細胞、マクロファージ、好中球、血管内皮細胞)特異的に欠損したノックアウトマウスによる比較を行った結果、心筋細胞のみでISGの発現が低いことが明らかになりました。一方で、骨髄細胞の応答に必要なCCR2欠損マウスや樹状細胞の除去ではIFNの発現誘導に関与は見られませんでした。このことから、非免疫細胞である心筋細胞がISGの発現に重要であることがわかります。また、RNAのMERFISH解析により、Ifna2転写物の多くがBZの心筋細胞上にあることを突き止めました。外傷性の損傷(核の破裂などが生じる)によりBZのISGが増加するのと同様に、梗塞マウスのBZにおける心筋細胞では機械的ストレスを受けて核の破壊やDNAの逸脱が生じ、ISGの発現を誘導していました。そこでは、環状GMP-AMP合成酵素依存的な感知とIRF3依存的なIFN産生により、近隣の細胞(IFNレセプターの実験から特に線維芽細胞であることを示しています)にISG発現を誘導し、IFNICコロニーを作ることがわかりました。
 また、心筋梗塞後に致死するマウスを調べた結果では、IFNICコロニーが心室破裂部位の近傍にすぐに現れましたが、IRF3を遺伝子的に阻害したIFNIC欠損マウスでは破裂が抑制され、生存率が改善しました。そして、RNAのMERFISHによりISGの発現する各細胞マーカーについて調べた結果、IFNICコロニーは主に線維芽細胞とマクロファージ上に見られ、IFNレセプターを欠損した線維芽細胞ではISGは発現せず、IFNICコロニーはできませんでした。In vitro 、in vivoの実験において線維芽細胞の活性がISGの発現と相反しており、IFNの応答は保護的な線維芽細胞のマトリセルラータンパク質の応答を阻害することが明らかとなりました。つまり、IFNが線維芽細胞の活性を阻害して心破裂の脆弱性を高めています。
 以上のことから、非免疫細胞におけるIFN産生に関わるIRF3活性などの選択的抑制が広範な免疫抑制を避けた治療上の利点を与えると著者らはまとめています。このことは、高齢者を始め免疫系に課題を抱える多くの患者においても、免疫抑制を伴わずに行える新たな治療法の開発につながる有益な情報であると今後の発展が期待されます。
(文責:板倉陽子)

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海外文献紹介2024年8月号

APOE4/4 is linked to damaging lipid droplets in Alzheimer's disease microglia.

Michael S. Haney, et al.
Nature. 628: 154-161. (2024). doi: 10.1038/s41586-024-07185-7.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38480892/

 温故知新という言葉がありますが、アルツハイマー病(AD)研究分野においても数年ほど前からApolipoprotein E(ApoE)に関する注目が再び高まっている気がします。
 ApoEは脳内でのコレステロール輸送・代謝に関わる重要なアポリポ蛋白質で、ヒトの場合は112番目と157番目のアミノ酸がシステインであるかアルギニンかによってE2、E3、E4の3種類のアイソフォームが存在します。このうち、E4(両方ともアルギニン)がADの発症リスク因子として知られており、E4ホモの場合は発症リスクが約10倍にも増加します。また、ApoEは主にアストロサイトで発現が高いことが知られていますが、AD患者ではミクログリアでのApoE発現量が増加しているという報告も存在します。
 ADといえば老人班や神経原線維変化といった二大病変が有名ですが、ADの発見者であるAlzheimer博士の論文には多数の脂肪滴がグリア細胞で確認されるという特徴が記載されていました。先述の通り、ApoEは脳内の脂質代謝に必須の分子ですので、今回筆者たちはApoE4がミクログリアに及ぼす影響について検索を行いました。
 まず、E3ホモ健常人(age-matched control)、E3ホモAD患者、E4ホモAD患者の新鮮凍結脳組織を用いてシングルセル解析を行った結果、E4ホモAD患者では健常人に比べてACSL1という脂質代謝関連酵素が有意に発現上昇していることが明らかとなりました。ACSL1はフリーの脂肪酸からAcyl-CoAを作る際に働く酵素で、脂肪滴の形成にも関わることが知られています。続いて、ACSL1陽性ミクログリアをソーティングして遺伝子発現パターンを調べたところ、恒常型(いわゆる正常なミクログリア)でも疾患型(炎症性因子の発現が亢進しているミクログリア)でもない独特のパターンを示すことが判明しました。NAMPTの発現が高発現しているそうで、基礎老化研究者の先生方にとっても興味深い特徴ではないでしょうか。
 続いて、凍結切片を用いて脂質染色を行ったところ、老人班の周囲に脂肪滴を多数内包するミクログリアが確認され、ACSL1陽性ミクログリアと非常に局在が似ているとのことでした(オイルレッドO染色と免疫染色を組み合わせることができないため共局在までは確認できていません)。筆者らはこれらのミクログリアをLDAM(lipid droplet-accumulating microglia)と名付けましたが、LDAMの存在は認知機能テストであるMMSEと反比例し(LDAMが多い症例ほど認知機能が低下している)、老人斑数と比例していました。
 ApoEが脂肪滴の産生に関与するか否かを明らかにするため、E3ホモとE4ホモのiPS細胞からそれぞれミクログリアを分化誘導して検索したところ、E4ホモのミクログリアで多数の脂肪滴が確認されました。また、これらミクログリアに老人班の主要構成分子であるAb線維を処理したところ、E4ホモのミクログリアでは脂肪滴が増加し、PLIN2やACSL1といった脂肪滴産生に関与する分子の発現が上昇しました。ちなみに、ApoEをノックアウトするとAb線維を加えても脂肪滴は増加しなかったことから、Abによる脂肪滴産生増加にはApoEの関与が必須であることが判明しました。また、この変化はヒトiPS細胞由来のミクログリアのみならず、ラットの初代培養ミクログリアやヒトマクロファージの初代培養細胞、マウスのミクログリア系セルラインであるBV-2細胞でも確認されました。また、BV-2細胞を用いて脂肪滴産生に関与する遺伝子群をスクリーニングしたところ、やはりACSL1の発現が最も強く、ACSL1の阻害剤Triacin Cを加えるとAb線維による脂肪滴の産生増加が抑制されました。
 LDAMにおけるエピジェネティックな変化を検索するため、LDAMをソーティングしてRNA-seqを行ったところ、NF-kBに関連する転写因子の発現が上昇しており、自然免疫系が賦活化されている状態に近いことが判明しました。また、Ab線維による脂肪滴増加に関わる分子を検索するため、CRISPR-KOスクリーニングを行ったところ、PI3Kの触媒ユニットであるPIK3CAやTLR4の下流で働くS100A1などがヒットしました。過去の報告で、PI3Kを阻害するとマクロファージにおける脂肪滴産生が低下するという報告があるそうなのですが、iPS細胞から分化誘導したミクログリアにPI3K阻害剤のGNE-317を処理すると同様の現象が生じ、さらに炎症性サイトカインの放出も抑制されたそうです。
 最後に、神経細胞への影響を調べるため、LDAMと脂肪滴の少ないミクログリアからそれぞれ採取したconditioned mediumをiPS細胞から分化誘導したヒト神経細胞の培養液中に加えたところ、LDAMのconditioned mediumを添加された神経細胞では細胞内に脂質の蓄積が認められ、Tauのリン酸化も上昇していました。AD患者の神経細胞では脂肪滴が確認されるものの、脂肪滴産生に関する遺伝子の発現はほとんど変化していないとの報告があるそうで、今回の結果からミクログリアの関与が示唆されました。
 まとめますと、ApoE4はミクログリアにおける脂質代謝系を変容させ、その影響が最終的に神経細胞も含めた脳組織全体の脂質代謝系を変容させて神経変性につながる可能性が示唆されました。実は今回、この論文とどちらを紹介しようか迷った論文があるのですが、そちらもグリア細胞の老化と脂質代謝との関連性を示すものでした(Byrns et al., Nature 2024; DOI 10.1038/s41586-024-07516-8.)。中枢神経系における脂質代謝の重要性を改めて感じる論文です。
(文責:木村展之)

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海外文献紹介2024年7月号

Inhibition of IL-11 signaling extends mammalian healthspan and lifespan.

Anissa A. Widjaja, et al.
Nature. Online ahead of print. (2024). doi: 10.1038/s41586-024-07701-9.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39020175/

 昨年アップデートされた「Hallmarks of Aging」で、新しく追加されたものの一つが慢性炎症です(Lopez-Otin et al., Cell, 2023)。以前より「Inflammaging」と呼ばれているように、慢性炎症は老化の特徴を最もよく表した状態だと言えます。今回紹介するのは、炎症性サイトカインであるIL-11を抑制することで、マウスの健康・最大寿命が延びることを報告した論文です。
 まず著者らは、マウスの肝臓、白色脂肪組織、腓腹筋で加齢に伴ってIL-11の発現が上昇することを示しました。同時に、老化に関わることが知られているシグナリングパスウェイである、ERK、AMPK、mTORパスウェイの活性や老化細胞マーカーであるp16Ink4a、p21Waf1/Clp1の発現も生化学的に調べ、ERK-mTORパスウェイや老化細胞マーカーが加齢に伴い活性化すること、AMPKの活性が抑制されることを確認しました。興味深いことに、老齢(110週齢)のIL-11受容体欠損マウス(IL-11RA1 KOマウス)では、これらのシグナリングパスウェイや老化細胞マーカーの発現が若い状態に保たれていることがわかりました。さらに、このマウスでは、体重や脂肪量、脂質代謝遺伝子発現などの代謝関連の表現型やテロメアの長さ、mtDNAコピー数が改善していました。次に著者らは、IL-11欠損マウス(IL-11 KOマウス)を用いて同様の実験を行い、同じく代謝関連の表現型やテロメアの長さ、さらにはフレイルの指標が改善することを示しました。ちなみに、IL-11欠損による抗老化作用は、雌雄ともに観察されるようです。
 次に著者らは、老齢マウス(75週齢〜100週齢)に対して、IL-11の中和抗体を用いた介入試験を行いました。その結果、代謝関連、サルコペニア・フレイルおよび老化関連シグナリングパスウェイの指標において、IL-11中和抗体の腹腔内投与(3週間おき)により加齢に伴う悪化が抑制できることを示しました。
 さらに著者らは、IL-11の中和抗体を投与した100週齢マウスの肝臓、白色脂肪組織、腓腹筋を用いてRNA-seq解析を行いました。その結果、それぞれの組織で炎症や老化細胞マーカー関連遺伝子の発現が低下していることがわかりました。また、白色脂肪組織については、褐色脂肪細胞で発現し熱産生に関わることが知られているUcp1の発現が顕著に上昇していることがわかりました。さらに、白色脂肪組織のベージュ化に関わる遺伝子群の発現も有意に上昇しており、熱産生に関わるパスウェイが再活性化されていることが示唆されました。実際に、105週齢のIL-11 KOマウスでは、加齢に伴うUCP1およびPGC1αの発現低下が抑制されていました。
 最後に著者らは、IL-11 KOマウスおよびIL-11中和抗体投与マウス(投与開始75週齢〜)の雌雄それぞれにおいて寿命が延伸することを示しました。また、これらのマウスではがんの発生率も低かったようです。
 この論文は、データだけで判断すると”上手くいき過ぎている感”は否めないものの、老化研究および製薬業界に強烈なインパクトを与える一報だと思います。ただし、本論文中では触れられていませんが、著者らの先行研究では、IL-11 KOマウスのメスは不妊になることが報告されています(Ng et al., Sci. Rep., 2021)。また、炎症性サイトカインのポジティブな作用まで抑え込んでしまうのでは、というセノリティクス薬と同様の議論も巻き起こるのではないかと予想されます。臨床研究の結果を含め、IL-11創薬の今後の展開に注目したいと思います。
(文責:赤木一考)

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海外文献紹介2024年6月号

Brain-muscle communication prevents muscle aging by maintaining daily physiology.

Arun Kumar, et al.
Science. 384: 563-572. (2024). doi: 10.1126/science.adj8533.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38696572/

 これまでの多くの研究で、加齢に伴う概日時計の乱れが老化の主要な原因の一つとされてきました。概日時計は、生体恒常性の維持において重要な役割を果たしており、その中枢は視交叉上核に存在し、末梢組織に存在する末梢時計と相互作用しながら体内の概日リズムを形成しています。しかし、加齢や生活習慣の変化などによってこのリズムが乱れると、老化の症状が現れることが知られています。特に、概日時計成分であるBmal1を欠損したマウスでは、概日リズムが乱れるだけでなく、サルコペニア様の筋肉の衰弱が見られ早老化を示します。
 今回紹介する論文では、Bmal1欠損マウスを用いて脳と筋肉の各組織単独、もしくは両方でBmal1を再発現させることで各組織時計の筋組織恒常性維持における役割の解明が試みられました。筋肉のみでBmal1を再発現させた場合、筋機能の早老化を防ぐことはできませんでした。一方、脳と筋肉の両方でBmal1を回復させたマウスでは、筋機能老化の大幅な抑制が観察されました。このことから、サルコペニア予防には、脳と筋肉の時計による相互のコミュニケーションが必要であることが示されました。
 興味深いことに、脳のみでBmal1を回復させたマウスの活動期には多くの筋組織遺伝子が発現亢進し、正常マウスおよび脳・筋肉Bmal1同時回復マウスの活動期には正常化しました。このことより、筋肉では非特異的なリズム機能を防ぐために、中枢時計などからの不要なシグナル情報をフィルタリングしていることが示唆されました。加えて、食事時間の制限を設けることで中枢時計が乱れている加齢マウスにおいて、中枢時計のリズム回復とともに筋機能不全を防ぐ可能性が示唆されました。
 今回の研究で、脳と筋肉の概日リズムを相互調整させることが筋機能恒常性維持に重要であり、規則正しい食事パターンがサルコペニアの進行抑制に繋がることが明らかにされました。今後のさらなる詳細な解析により、ヒトでも同様なサルコペニア予防効果が得られることが期待されます。
(文責:多田敬典)

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海外文献紹介2024年5月号

Spatial mapping of hepatic ER and mitochondria architecture reveals zonated remodeling in fasting and obesity.

Güneş Parlakgül, et al.
Nat Commun. 15: 3982. (2024). doi: 10.1038/s41467-024-48272-7.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38729945/

 代謝恒常性維持における細胞内構造制御の重要性が示唆されています。しかしながら、生理的な摂食・絶食サイクルにおいて、オルガネラが栄養状態に応じてどのように構造を制御し、恒常性を支えているかは不明なままでした。
 著者らは最近、集束イオンビーム走査電子顕微鏡(FIB-SEM)と深層学習による自動画像セグメンテーションを利用した高解像度超微細構造イメージング手法を確立しました。今回著者らは、この手法を用いてマウスの摂食時と絶食時における肝細胞の細胞内構造を解析し、その制御機構の解明に取り組みました。摂食時と比較して絶食時の肝細胞はミトコンドリア数が少なく、ミトコンドリアの体積が増加していました。ミトコンドリアの形態は、丸みを帯びた状態から複雑な形状に変化していました。絶食時の肝細胞の小胞体は、摂食時の層状構造から一枚のシート状の構造に変化し、ミトコンドリアの周囲を覆っていました。特に、粗面小胞体とミトコンドリアが近接する領域が増加していました。肝細胞は肝小葉内の領域毎に特徴的な代謝・機能を示すことが知られています。絶食時に観察された変化は門脈周辺域と小葉中間帯で観察され、中心静脈周辺領域では認められませんでした。肥満モデルマウスでは、絶食による粗面小胞体とミトコンドリアの相互作用が抑制されていました。小胞体膜の形状と安定性に関与するタンパク質ribosome receptor binding protein 1(RRBP1)の欠損により、絶食に伴う小胞体とミトコンドリアの構造変化が抑えられ、脂肪酸酸化の低下と脂肪滴の蓄積が認められました。これらの結果から、粗面小胞体とミトコンドリアの相互作用が、肝細胞の代謝恒常性において重要な役割を果たしていることが明らかになりました。今後の老齢マウスや他臓器での解析が待たれるところです。
(文責:藤田泰典)

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海外文献紹介2024年4月号

Depleting myeloid-biased haematopoietic stem cells rejuvenates aged immunity.

Jason B Ross, et al.
Nature. 628: 162-170. (2024). doi: 10.1038/s41586-024-07238-x.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38538791/

 昨今、研究の目覚ましい発展により様々な加齢疾患の分子制御機序が明らかとなり、それらの老化特異的な分子機序を治療標的とした若返りや健康改善に関する研究戦略が続々と報告されており、いつかは不老不死が叶うのではないかと心躍らせています。とはいえ、人類が実際に不老不死や完全な若返りに行き着くのは遥かに先の未来でしょうが、興味深い最先端の研究結果が続々と報告されているのは事実です。
 免疫系では加齢に伴いリンパ球形成が減少し、適応免疫の低下が認められます。一方で、炎症や骨髄病変などは増加することは昔から知られています。最近になり、自己複製をする造血幹細胞(HSC)の性質が加齢に伴い変化し、これらの表現型を誘発している分子機構が解明されてきました。若年期には、リンパ系細胞と骨髄系細胞にバランスよく分化するHSC(bal-HSC)が骨髄系に偏った分化を行うHSC (my-HSC)よりも優勢であるため、適応免疫応答の開始に必要なリンパ球形成が促進される一方で、炎症を促進する骨髄系細胞の産生は制限されます。老齢ではmy-HSCの割合が増加し、その結果としてリンパ球形成の低下と骨髄系細胞の増加が引き起こされています。本論文では、my-HSCの特異的な抗原を標的とした抗体の投与によりmy-HSCを選択的に減少させることで、加齢で崩れたリンパ球形成と骨髄系細胞形成のバランスを可逆的に整えることができ、若齢の免疫パターンに近づけることができると報告しています。
 著者らはmy-HSC上の特異的な表面抗原を詳細な実験から同定しました。HSCは(Lin-KIT+SCA1+FLT3-CD34−CD150+)の特徴を有します。本論文では、bal-HSCと比較してmy-HSCでCD150の発現量がより上昇していることを示し、抗体治療の標的としてCD150が有用であることを確かめました。また、bal-HSCと比較してmy-HSCで特異的に発現が上昇している他の抗原マーカーの候補として、CD41、CD61、CD62p、NEO1などが選別されました。抗体とフローサイトメトリーを用いた実験検証では、CD41は巨核球前駆体(MkP) で高発現しているものの、CD61、CD62p、NEO1ではオフターゲットは少なそうであるという結果を得ました。加えて、CD41、CD61、CD62p、NEO1が成熟造血細胞では発現が低く、他の組織と比較しても造血幹細胞で特異的であることがわかりました。
 実際に、12ヶ月齢のマウスから単離したHSCでは、6ヶ月齢のマウス由来のHSCと比較してCD41、CD61、CD62p、NEO1の発現が高いmy-HSCの割合が増加していました。著者らは、抗体投与により生体からmy-HSCを除去可能か調べるため、ラットIgG2b抗CD150抗体を6~7ヶ月齢のマウスに投与し、約1週間後に骨髄を調べました。興味深いことに、bal-HSCと比較してmy-HSCが著しく減少しました。これらの結果は、in vivoでの抗体投与によりmy-HSCを選択的に枯渇させ、全HSCにおけるbal-HSCの割合を優位にすることができることを示しています。詳細は割愛しますが、抗CD150抗体、抗CD47抗体、抗KIT抗体を組み合わせることで、より効果的にmy-HSCを特異的に枯渇させることができることを見出しました。他にも、抗CD62p抗体、抗CD47抗体、抗KIT抗体の組み合わせや、抗NEO1抗体、抗CD47抗体、抗KIT抗体の組み合わせも有効であることを実験的に示しました。老齢マウスに抗体投与を行うと、短期的な約1週間後から数ヶ月後の長期に至るまでmy-HSC枯渇の持続が認められました。また抗体投与群では、8週目にはリンパ球前駆細胞、ナイーブT細胞、ナイーブB細胞が増加し、リンパ球の加齢関連の免疫低下が改善されました。加えて、若齢マウスと比較して、高齢マウスではIL-1αやCXCLなどの炎症促進因子が増加しますが、抗体投与を行った老齢マウスではこれらの炎症促進因子が有意に減少していました。加えて、抗体治療を施したドナー老齢マウスから調製したHSCを別のレシピエント老齢マウスに移植しても、同様の免疫改善効果が認められることを報告しています。
 次に、NEO1抗体投与でmy-HSCを枯渇させた老齢マウスに生弱毒化したフレンドレトロウイルス (FV) ワクチンを静脈内に投与して10~14日後に免疫力を調べたところ、非投与の老齢マウスと比較して、脾臓でウイルス特異的に応答するCD8+T細胞が増加しており、ワクチン接種に対する一次反応が改善されていました。加えて、老齢マウスに抗NEO1抗体投与をしてから8週間後にワクチン接種し、さらに接種から6週間後に病原性FVを感染させたところ、一次反応と同様に免疫応答が改善されていました。
 最後に著者らは、ヒトでも加齢や加齢性疾患に伴いmy-HSCの割合が増加していることを確認しました。加えて、ヒトのmy-HSCでもCD150、CD62p、NEO1などが高発現していることを報告し、将来的な臨床応用への可能性を示唆して締め括っています。
個人的には、将来的な臨床応用に際して、若者の造血幹細胞を高齢者に移植するのが最良の方法なのでしょうが、抗体治療を施した高齢者由来の造血幹細胞の移植によっても別の高齢者の延命ができるというのは興味深いと感じました。
 ご興味がありましたら、是非ご一読願いたいと思います。
(文責:橋本理尋)

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海外文献紹介2024年3月号

Asymmetric distribution of parental H3K9me3 in S phase silences L1 elements.

Zhiming Li, et al.
Nature. 623: 643-651. (2023). doi: 10.1038/s41586-023-06711-3.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37938774/

 LINE (long interspersed nuclear element; LINE-1)レトロトランスポゾンなどの反復DNAはもともと「ジャンクDNA」とも呼ばれ、哺乳類のゲノムの半分以上を占める無機能なDNAと考えられてきましたが、遺伝子制御、クロマチン構造、ゲノムの安定性維持などの重要な役割が明らかになってきています。LINE-1はがんや心疾患などの病気、早老症患者で増加することも明らかになっており、老化や様々な疾患に大きく関連します。LINE-1を含む反復DNA配列の転写はDNAメチル化やH3K9me3などのヒストン修飾により抑制されます。H3K9me3がヘテロクロマチンのサイレンシングの確立と維持に果たす役割については広く研究されてきましたが、複製中のDNA鎖での親H3K9me3の配分機構は解明されていませんでした。本論文では親H3K9me3は優先的に複製フォークのリーディング鎖に移され、この非対称な分布は主にLINE-1部分で起こり、LINE-1発現を抑制することを明らかにしました。
 細胞有糸分裂時のDNA複製の鋳型は、DNAの合成方向と複製フォークの進行方向が一致するリーディング鎖と、DNAの合成方向と複製フォークの進行方向が逆になりDNA断片を順次連結するラギング鎖の2種類存在し、リーディング鎖側でより早くDNA複製が進行します。特異的な翻訳後修飾受けた親ヒストンはDNA複製フォークのリーディング鎖とラギング鎖に均等に転移すると考えられていました。まず、マウスES細胞で細胞分裂中のメチル化親ヒストンの分布をeSPAN法で調べました。親ヒストンのH3K9me2、H3K27me3、H4K20me3などは複製のリーディング鎖とラギング鎖に均等に分布していましたが、予想外に親H3K9me3のみリーディング鎖側に非対称分布していました。この非対称分布が起こるゲノムの特徴調べたところ、特にLINE-1で親H3K9me3の非対称分布が起きていました。
 これまでの研究で、TASOR、MPP8、PPHLN1で構成されるHUSH複合体がLINE-1発現を抑制することが明らかになっています。実際に、親H3K9me3の非対称分布とHUSH複合体サブユニットTASORの分布が相関し、HUSH複合体欠損は親H3K9me3の非対称分布が減少しました。また、リーディング鎖DNAポリメラーゼPol εがリーディング鎖への親ヒストンの転移を促進することも明らかになっています。Pol εサブユニットであるPOLE3またはPOLE4欠損細胞は複製時の親H3K9me3のリーディング鎖非対称分布が有意に減少し、非対称分布におけるPol εの寄与も示されました。HUSH複合体とPol εが直接結合することも確認しています。これらの結果から、HUSH複合体がDNA複製フォークのリーディング鎖に沿って移動し、Pol εと相互作用しながら親H3K9me3のリーディング鎖LINE-1への転移を促進することが示されました。
 最後に、H3K9me3 の非対称分布が DNA 複製中の LINE-1 発現を抑制するかどうかを調べました。ES細胞のHUSH複合体またはPol εのサブユニットを欠失させて親H3K9me3の非対称分布を抑制するとS期におけるリーディング鎖LINE-1発現が増加しました。これらの欠損細胞でγ-H2AXが増加することから、複製時の親ヒストンの非対称分布はLINE-1発現を抑制し、DNA損傷の抑制機構として機能していることを示しました。
 本研究では、複製がより早く進行するリーディング鎖側のLINE-1に優先的に親H3K9me3を転移して発現をいち早く抑制する予想外の細胞保護戦略が明らかになりました。このような抑制機構が存在することからもLINE-1の生物学的重要性が予想されます。一方、LINE-1が過剰な免疫応答を制御する正の機能も報告されていることから、生物はLINE-1を発現調節し活用しながら進化しているのかもしれません。
(文責:澁谷修一)

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海外文献紹介2024年2月号

Lactate activates the mitochondrial electron transport chain independently of its metabolism.

Xin Cai, et al.
Molecular Cell. 83 (21): 3904-3920. e7 (2023). doi: 10.1016/j.molcel.2023.09.034.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37879334/

 前回の海外文献紹介では、栄養ドリンクに含まれるタウリンにはモデル生物に共通した長生き効果があることを示した論文を紹介しました(Singh et al., Science, 2023)。さて、このような食品の成分が機能分子として、老化を制御できる可能性はどれくらいあるのでしょうか。今回は老化の文脈ではないのですが、そのような可能性を遠くに感じさせる、乳酸の新しい機能に関する文献を紹介します。
 乳酸は、真核生物と細菌がともに、糖からATPを作る過程で産生する主要な代謝物です。ヒト血中の生理的濃度は1~2mMで、乳酸はグルコースに次いで二番目に豊富な炭素源です。多くの食べ物に含まれていて、法律により食品に添加物することも可能な身近にありふれた化合物です。従来、作られた乳酸の多くは細胞内では利用されずに外に放出されると考えられてきました。哺乳類では肝臓に集められ、Cori経路で糖にリサイクルされます。乳酸は長らく細胞の廃棄物と見なされてきましたが、近年新しい細胞内での機能が次々とトップジャーナルに報告されています。今回紹介するのは、がん促進性の代謝物(Oncometabolites)が存在することの発見など、がん代謝研究分野のパイオニアであるCraig Thompson研究室からの論文です。
 彼らは、細胞外の乳酸が蓄積すると、ミトコンドリアマトリックス内にも侵入し、ミトコンドリア電子伝達系(ETC)が活性化されることを見つけました。これによるミトコンドリアATP合成の増加は、解糖系を抑制し、ピルビン酸を含めたミトコンドリア呼吸で利用される代謝物のミトコンドリア内への流れをさらに加速します。L-乳酸およびD-乳酸の両方が、ETC活性を高め、解糖系を抑制する効果があります。さらに筆者らは哺乳類ではD-乳酸の代謝速度が極めて遅いことを活用し、乳酸がETCを活性化する能力には、乳酸自体の代謝には依存しないことも示しました。グルコースが足りない、もしくはETC阻害剤によりがん細胞が十分に成長できない条件で、D乳酸の添加により細胞は成長できるようになりました。免疫チェックポイント阻害剤による活性化の標的であるCD8陽性キラーT細胞を用いた検討では、D-乳酸は細胞増殖および殺細胞性のエフェクター機能を強化しました。これらの発見は、乳酸がミトコンドリア酸化的リン酸化の能力を調節する重要な因子であることを示しています。
 以上の結果は、これまで解糖系の最終産物(ピルビン酸⇒乳酸の反応)として扱われていた乳酸が、直接ミトコンドリアに作用する現象が起こり得ることを示しています。すなわち、ミトコンドリアにATP産生の炭素源を送りたくないときに、乳酸が増えると思われていた古典的な理解が、乳酸もミトコンドリアのATP産生を直接活性化するメッセンジャーとしての働きがあるとする今回の報告により、覆ります。論文ではがん細胞、T細胞等の培養細胞でのデータが中心ですが、後に個体レベルでも起こり得るかの検証は必要となるでしょう。老化の文脈でのミトコンドリア機能低下も乳酸が再活性化できるかは、私たちにとっては興味深い疑問です。今回の報告を頭に入れ、筋トレ後の筋肉痛が起きるとき、もしくはキムチやヨーグルトを食べた後、自分達のミトコンドリアにどういう変化が起きているか、日常とバイオ研究のはざまで思いを巡らせてみるのはいかがでしょうか。
(文責:伊藤 孝)

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海外文献紹介2024年1月号

Organ aging signatures in the plasma proteome track health and disease.

Hamilton Se-Hwee Oh, et al.
Nature. 624 (7990): 164-172 (2023). e22. doi: 10.1038/s41586-023-06802-1.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38057571/

 ヒトや動物など研究対象に個体差があることは知られていますが、一生体内の臓器ごとの老化の違いについてはよく知られていません。臓器の老化を知るために直接臓器を調べることは倫理的にも難しく、侵襲性の低い血漿タンパク質ではどの臓器に由来しているのかを判断することは困難でした。今回、既知のタンパク質を含めGene Tissue Expression(GTEx)Atlasのデータを活用して血漿タンパク質の臓器特異性を示し、その臓器の老化と疾患の可能性を関連付けた研究をご紹介します。
 GTExプロジェクトのバルク臓器RNA-seqデータから特定の臓器での発現が他の臓器に比べ4倍高いものを臓器特異的遺伝子とし、4,979個の血漿タンパク質をマッピングしています。それらのデータを用いて11の主な臓器と臓器特異的でないタンパク質、特異性に関係ないすべてのタンパク質に関する老化を機械学習し、独立した4つのコホートと1つのアルツハイマー病(AD)患者のコホートによるテストを行いました。その結果、極端に老化した臓器のタイプはそれぞれの臓器に大きな影響を与えることが知られる特定の疾患状態と関連していました。例えば腎臓では代謝性疾患(糖尿病、肥満、高コレステロール血症、高血圧)、心臓では心房細動や心筋梗塞、筋肉では歩行障害、脳では脳血管疾患、臓器特異的でない場合でもADと関連していました。高血圧の人の腎臓は同年齢のヒトよりも1歳高く、糖尿病の人は1.3歳高いというものです。このように全体の20%で1つの臓器の老化を強く促進し、1.7%は多臓器老化者であることを突き止めました。
 また、あるコホートデータでは脳の年齢とADとの間に相関がある一方、一部のコホートにおいては再現性が得られませんでした。そこで著者らは脳老化の表現型にどのようなタンパク質が関与しているかを調べる新たなアルゴリズムを開発しました。その結果、コンプレキシンのようないくつかのタンパク質が年齢予測精度と認知機能低下との関連性を高めることを明らかにしました。この新たなモデルでは異なるコホートでも再現性が高く、AD患者ではADでない人に比べ脳の年齢が2歳高いことが明らかになりました。そして、この脳の老化は5年間の将来的認知症進行リスクの予測と有意に関連していました。pTau-181のような既存のADマーカーと同様にしかもそれらとは別に認知機能低下のリスクと相関を示したことから、新たな脳加齢モデルにおける臓器の年齢差は、他のバイオマーカーとは異なる脳老化に関する分子情報を提供することが示唆されました。また、その他の臓器モデルにおいても認知機能低下の初期変化を示すことが分かりました。これらは臓器特異的ではないものの動脈と脳で高発現する血管系のタンパク質であり、脳血管系の変化をいち早く表している可能性が高いことを示唆しました。
 以上のように、臓器や組織の老化が特定の疾患に関与している可能性を強く示唆する結果を得ました。著者らは最後に本研究に残る課題について、機械学習に用いるデータの重要性とその慎重な評価の必要性について述べています。
 本研究において、複数の異なるコホートのデータにおいて様々なアルゴリズムを用いた機械学習によりその解析を可能にし、これまで個々に取り扱われていた研究データが膨大な一つの試料として結果を導き出している点は注目に値します。またRNA-seqのデータから臓器特異的なタンパク質を紐づけし、血漿タンパク質から特定の臓器の老化を示し疾患予測を可能としている点も大変興味深いです。タンパク質の由来を特定しその変動を解析して将来的な疾患との関連性を予測する今回のような研究には多くの可能性が期待されます。膨大な試料とそこから得られる多大なデータに紐づいた解析は様々なアルゴリズムを駆使してそれらをまとめ上げた研究者の労力による成果であり、種々のタンパク質の機能と疾患への影響に関してその信憑性を高めるのは個々のターゲットにフォーカスしている多くの研究者の努力の結晶ではないでしょうか。今後、様々な研究が連携して老化と疾患との関連性が目に見えるようになり早期の治療につながることを願います。
(文責:板倉陽子)

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海外文献紹介2023年12月号

Atlas of the aging mouse brain reveals white matter as vulnerable foci.

Oliver Hahn, et al.
Cell. 186 (19): 4117-4133. e22. doi: 10.1016/j.cell.2023.07.027.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37591239/

 ヒトを対象とした脳老化研究には倫理面も含めて様々な問題が存在しますが、MRI等を用いた画像解析は脳の器質的変化を経時的に検索することができるものの、分子レベルで何が生じているのかをリアルタイムで明らかにすることは現在の科学技術では不可能です。また、剖検開始から脳を取り出してmRNAを抽出するまでの時間を正確にコントロールすることは至難の業であるため、遺伝子解析の結果には常に死後変化が含まれる可能性が否定できません。その点において、マウスのような実験動物を用いた遺伝子解析実験には大きなメリットがあるというのが、今回紹介する論文を発表した筆者らの研究背景となっています。
 今回筆者らは神経科学分野で一般的な系統であるC57BL/6を用いて、脳を15の領域(大脳皮質運動野、大脳皮質視覚野、嗅内皮質、海馬前部、海馬後部、視床、視床下部、大脳基底核、橋、延髄、小脳、脳室下帯、脈絡叢上皮、脳梁、嗅球)に分けたうえで、3・12・15・18・21・26・28カ月齢時の遺伝子発現量を網羅的に解析しました。その結果、大脳皮質や海馬といった神経細胞体の多い領域では遺伝子発現量の変動は小さく、脳梁のような白質に富む領域ほど大きな遺伝子発現量の変化が認められ、その多くが炎症正反応に関与する因子であることが明らかとなりました。また、筆者らは15の脳領域を灰白質と白質とに再分類して同様の解析を行ったところ、やはり白質領域において加齢に伴い有意な遺伝子発現量の変化が認められました。続いて、白質領域を対象にシングルセル解析を行った結果、ミクログリアを筆頭に、アストログリアやオリゴデンドロサイトといったグリア細胞において遺伝子発現量が加齢性に変化する(多くは加齢性に発現上昇する)ことを見出しました。
 と、ここまでなら過去にも似たような研究成果が報告されておりますし、ミクログリアは神経変性疾患の研究領域で今流行りの(20年以上前にもブームになりましたが…)対象ですので、さもありなんといった論文に終わるところです。ところが今回の論文で興味深いのは、老齢マウスに2種類の介入(カロリー制限、または若齢個体の血漿を後眼窩から注入)を行い、上記の加齢性変化がレスキューされるか否かを検証した点です。その結果、カロリー制限では加齢性変化を抑制できなかった一方、若齢個体の血漿を注入した老齢マウスでは炎症因子の遺伝子発現量上昇が有意に抑えられました。また最後に、ApoEやSCNAなど、アルツハイマー病やパーキンソン病に関係の深い遺伝子の発現量も主に白質領域において加齢性に上昇することが明らかとなりました。
 以上の結果から、脳内では神経細胞よりもむしろ白質領域に存在するグリア細胞において加齢性変化は生じており、グリア細胞の機能的変化が脳の老化や神経変性疾患の引き金になるのではないかという可能性が示唆されました。また、若齢個体の血漿注入によりグリア細胞の遺伝子発現における加齢性変化が抑制されたことから、毛中に存在する液性因子には脳の老化を予防する効果を持つ因子が存在することも示唆されました。血中液性因子の重要性はパラビオーシス研究によって既に明らかとなっていますが、神経変性を防ぐことができるなら、ぜひ私も注入してみたいものです。
(文責:木村展之)

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海外文献紹介2023年11月号

TNIK is a conserved regulator of glucose and lipid metabolism in obesity.

T. C. Phung Pham, et al.
Science Advances. 9 (32): eadf7119 (2023). doi: 10.1126/sciadv.adf7119.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37556547/

 肥満の患者数は、この数十年で世界的に激増しています。このことは、2型糖尿病や虚血性心疾患のリスクを持つ患者数の増加を意味しており、早急な対策が必要です。今回紹介するのは、キイロショウジョウバエとマウスを用いて糖代謝制御に関わる新規因子TNIK (Traf2- and NCK interacting protein kinase) の機能解析を行った論文です。
 近年、GWAS (genome-wide association studies) を用いた疾患原因遺伝子の探索が盛んに行われています。筆者らは、ショウジョウバエGWASライブラリーを用いて糖代謝に関わる遺伝子のスクリーニングを行い、TNIKの相同遺伝子であるmisshapen (msn) を同定しました。一方、糖代謝におけるTNIK/msnの機能は知られていないため、そのメカニズムについて解析を行いました。
 まず筆者らは、ショウジョウバエのmsn RNAi個体を用いてメタボローム解析等を行い、msnが高糖質食負荷時における脂質生合成に関わることを示しました。次に、全身性のTnikノックアウトマウス(Tnik KO)に通常食および高脂肪・高ショ糖食(HFHS: 45% fat, 10% sucrose)を与えて解析を行いました。その結果、雌雄ともにTnik KOではHFHS食でも太らないことがわかりました。また、糖負荷試験、インスリン負荷試験、ピルビン酸負荷試験等を行った結果、Tnik KOではインスリン感受性が高まっており、糖代謝機能が上昇していることがわかりました。
 次に筆者らは、筋肉における糖の取り込みに注目し、2-デオキシグルコースを用いた代謝速度測定を行いました。その結果、WTマウスではHFHS食で筋肉における糖の取り込み能が低下するところ、Tnik KOでは完全にレスキューできることがわかりました。次に、そのメカニズムについて生化学的に解析を行い、Tnik KOの筋肉ではAktシグナリングパスウェイに関わる因子とミトコンドリアの酸化的リン酸化に関わる因子の発現が上昇していることを明らかにしました。また筆者らは、Tnik KOでは筋肉と同様に白色脂肪組織においても、Aktシグナルを介した糖の取り込み能が上昇していることを明らかにしました。さらにTnik KOの脂肪組織では、脂質の取り込みや脂肪合成に関わる因子の発現が低下していました。それに加えて、Tnik KOではHFHS食による脂肪肝の発症も抑制されることを示しました。
 最後に筆者らは、ヒト2型糖尿病のデータベースであるT2D Knowledge Portal (T2DKP; https://t2d.hugeamp.org) に格納されているGWASデータセットを用いて、TNIKについて解析を行いました。その結果、TNIKの変異と血糖値、BMIなどの肥満に関連する形質に相関があることがわかりました。また、UK Biobankに格納されているデータを用いた解析においても同様の結果が得られました。以上の結果から筆者らは、TNIK/msnは進化的に保存された糖・脂質代謝制御因子であるとまとめています。
 この論文は、ハエで見つけた遺伝子の機能をマウスで詳細に解析し、ヒトへのトランスレーションの可能性まで示しており、ハエ屋としては(ハエ屋の自己満で終わらない)お手本のような論文だと感じました。今後、TNIKが肥満の創薬ターゲットになるのか注目したいところです。
(文責:赤木一考)

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海外文献紹介2023年10月号

Increased hyaluronan by naked mole-rat Has2 improves healthspan in mice.

Zhihui Zhang, et al.
Nature. 621 (7977): 196-205 (2023). doi: 10.1038/s41586-023-06463-0.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37612507/

 長寿の齧歯類として最も注目されているハダカデバネズミ。加齢に伴い蓄積する老化細胞が、細胞死を起こしてたまりにくくなる仕組みが解明されるなど(Kawamura et al., The EMBO journal, 2023)、老化研究を促進させる発見が近年相次いでいます。今回紹介させていただく論文では、ハダカデバネズミに含まれる豊富なヒアルロン酸を、他の動物種のマウスに発現させることで、老化の抑制や寿命の延伸に成功したことが報告されています。
 これまでAndrei Seluanovと Vera Gorbunovaらの研究グループは、高分子のヒアルロン酸(HMM-HA; high-molecular-mass hyaluronic acid)が、ハダカデバネズミで多く存在することを明らかにしています(Tian et al., Nature, 2013) 。HMM-HAはガン化耐性、老化耐性に寄与し、ハダカデバネズミの長寿に関係しているとされてきましたが、他動物種への効果は明らかにされていませんでした。今回筆者らは、ハダカデバネズミのHMW-HA合成の役割を担うヒアルロン酸合成酵素2遺伝子(nmrHas2; naked mole-rat hyaluronic acid synthase 2 gene)を過剰発現させたトランスジェニックマウスを作製し、老化や寿命に関する解析を行いました。nmrHas2マウスは、複数の組織でヒアルロン酸レベルが増加しており、ガン発生率の抑制に加え、50%生存期間が4.4%、最大寿命が12.2%延長していることが確認されました。さらにnmrHas2マウスは、生体内での抗老化作用も示唆されており、免疫細胞の活性化、酸化ストレスからの保護、加齢に伴う腸管バリア機能の改善などを介して、複数組織での炎症が抑えられていることが確認されました。また、若いマウスと老齢マウスの小腸トランスクリプトーム解析でも、nmrHas2マウスのトランスクリプトームは若い状態にシフトしていることが明らかとされました。
 このように今回の論文は、これまでハダカデバネズミで得られたHMW-HAに関する知見を活かした、他動物種への応用を試みた研究成果であり、HMW-HAのヒト老化への効果検証など、今後の研究の進展が待たれます。
(文責:多田敬典)

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海外文献紹介2023年9月号

The YAP-TEAD complex promotes senescent cell survival by lowering endoplasmic reticulum stress.

Carlos Anerillas, et al.
Nat Aging. doi: 10.1038/s43587-023-00480-4.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37667102/

 加齢に伴い蓄積する老化細胞は、老化関連疾患の治療標的として注目を集めています。実際に、老化細胞の除去(セノリシス)を目的とした薬剤の研究開発も進んでいるようです。今回紹介する論文は、ヒト胎児線維芽細胞WI-38を用いた解析から、老化細胞の生存に関わる新たな経路を同定し、その分子機序を明らかにしたものです。さらに、その経路の阻害剤がセノリティクスとして有用であることをマウスモデルで示しています。
著者らは全ゲノムCRISPRノックアウトスクリーニングにより、老化細胞の生存に関与する遺伝子の同定を試みました。その結果、エトポシドで細胞老化を誘発したWI-38細胞の生存には、Hippo–YAP–TEAD経路の遺伝子が関与することを突き止めました。実際に、YAP-TEADの転写機能を阻害するverteporfin (VPF)を老化細胞に処理すると、アポトーシスが誘導されました。またこのVPFの効果は、複製老化などの他の細胞老化モデルや異なる細胞種においても観察されました。
 次に著者らは、VPFによる細胞死の分子機序に迫りました。RNA-seq解析からVPFを処理した細胞ではERストレス関連遺伝子のmRNAレベルが増加することを見出し、VPFはERストレス応答に関わるPERK–EIF2A–ATF4を介してアポトーシスを誘導することを明らかにしました。また、早期にmRNAレベルが増加する遺伝子に着目し、DDIT4がERストレス応答の活性化と細胞死に関与することを突き止めました。さらに、DDIT4がERストレスを誘発するメカニズムを追求した結果、DDIT4によるmTOR阻害がホスファチジルコリンの生合成に関わるlipin-1とCCTaの発現を抑制し、小胞体のサイズを低下させることを明らかにしました。そして、SASP因子を高発現する老化細胞ほどVPFに対してより脆弱であり、NF-kB活性を抑えることでVPFによるERストレスと細胞死が抑制されることも示しました。
 これらの結果に基づき、老化細胞はYAP-TEADを活性化することで、DDIT4の発現を抑え、mTOR機能と小胞体生合成を維持し、SASPで誘発されるERストレスに対処していると著者らは主張しています。そして、YAP-TEAD阻害によりこのバランスが崩れると、過剰なERストレスが誘発され、アポトーシスが引き起こされると考えています。
 最後に、著者らはマウスモデルにおいてVPFの効果を検証しました。22ヶ月齢のマウスに2ヶ月間VPFを投与することにより、肺などの組織中のp16陽性細胞とp21陽性細胞が減少することを示しました。また、ドキソルビシンで細胞老化を誘発したマウスでも老化細胞が減少することを確かめました。さらに、VPFを投与したマウスにおいて、肺への免疫細胞の侵入の減少、TGF-bシグナリング経路の抑制、線維化の減少、血中の腎機能、肝機能マーカーの低下を確認しました。このように、VPF投与により老化細胞が除去され、臓器の恒常性が部分的に改善するものと考えられました。
 本論文により、老化細胞の生存にYAP–TEAD経路が関与することが明らかとなり、SASP因子の産生に関わる小胞体を標的とした新たなセノリシスの機序が提示されました。老化細胞をターゲットとした薬剤の開発が、今後益々期待できそうです。
(文責:藤田泰典)

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海外文献紹介2023年8月号

cGAS–STING drives ageing-related inflammation and neurodegeneration.

Muhammet F. Gulen, et al.
Nature. 620: 374-380 (2023). DOI: 10.1038/s41586-023-06373-1.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37532932/

 老化した個体では全身性の慢性的炎症が誘導されていて、これらの炎症が様々な加齢性疾患の惹起や増悪化に関与していることが報告されてきました。しかしながら、近年まで、これらの加齢性の炎症を誘導している分子機序については特定が難航していましたが、そのひとつの誘導機序として、DNAを標的とした免疫感知を媒介するcGAS-STINGシグナル伝達経路が重要な役割を担っていることがわかってきました。著者らや他の研究グループから、cGAS-STING経路が細胞老化の制御において重要な役割を果たしていることが、in vitroで示されたことは記憶に新しいところです。また、ここ数年で、複数の研究グループからアルツハイマー病の神経変性疾患にcGAS-STING経路が関与している報告が続きましたが、本論文のように加齢性の神経変性へと焦点を当てて深堀した研究はありませんでした。
 本論文ではまず、20ヶ月齢から22ヶ月齢の2ヶ月間、24ヶ月齢から26ヶ月齢の2ヶ月間に、老齢マウスにSTING経路を阻害するH-151試薬を投与しました。すると、炎症誘発性遺伝子やI型インターフェロン刺激遺伝子群の発現が、腎臓や肝臓、白色脂肪組織などの複数の組織で抑制されました。例えば、腎臓では、炎症細胞の蓄積が抑制され、加齢に伴う腎ろ過機能の低下が改善されました。行動解析実験では握力の低下が改善され、treadmill試験では身体的持久力も改善されていることがわかりました。Morris water maze試験では、海馬依存の空間記憶の低下が有意に抑制されていることが明らかになりました。同様に、associative memory in the contextual-fear-conditioning試験では、海馬依存の連想記憶が大幅に改善されている結果が得られました。故に著者らは、脳の老化に焦点を当てて、さらなる解析を行いました。
 するとまず、対照群と比較して、STING阻害により海馬領域へのミクログリアの蓄積が抑制され、ニューロンの密度低下が抑制されていることが明らかになったのです。著者らは続いて、脳の海馬領域の老化には、ミクログリアが重要な役割を担っていることを明らかにしました。さらに、老化した脳のミクログリア内では、構造異常を引き起こしたミトコンドリアからDNAが細胞質中に漏出していて、それらのDNAを感知してcGAS-STING経路の活性化が誘導されて炎症が惹起されていることを示しました。
 まだマウスを用いた実験段階ではありますが、遺伝性疾患ではない誰にでも平等に訪れる脳の老化進行を、cGAS-STING経路の阻害だけで緩和・遅延させることに成功した著者らの功績は大きいと思われます。
 今後、加齢性の炎症を追う際にcGAS-STING経路の動向にも以前より注意を向けることで、加齢性疾患の新たな老化予防・治療戦略が本学会員から報告されることを願って、本論文の紹介をさせていただきました。
 ご興味がありましたら、ご一読くだされば幸いです。
(文責:橋本理尋)

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海外文献紹介2023年7月号

Cytotoxic CD4+ T cells eliminate senescent cells by targeting cytomegalovirus antigen.

Hasegawa T, et al.
Cell. 186: 1417-1431 (2023). DOI: 10.1016/j.cell.2023.02.033.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37001502/

 老化細胞の蓄積は老化関連疾患の発症に関与していると考えられています。近年、老化細胞を除去するセノリシス研究が盛んに行われており、ダサチニブおよびケルセチン、フィセチンなどのセノリシス作用については既にご存知かと思います。一方、生理的な老化細胞の蓄積を防ぐメカニズムはあまりわかっていません。今回紹介する論文は、ヒトの皮膚でも生理的にセノリシスが起こっており、キラー活性を持つCD4陽性T細胞(CD4 CTL)が老化細胞で発現するヒトサイトメガロウイルス(HCMV)抗原を認識して老化細胞を除去することを明らかにしました。
 まず様々な年齢の皮膚バイオプシーサンプルからp16を指標として老化細胞数を調べました。若齢と比べて老齢皮膚では老化細胞が増加していましたが、興味深いことに50歳以上になると年齢と老化細胞数の比例相関が無くなります。このことから筆者らは老化組織におけるセノリシスの存在を予想しました。
 若齢と老齢皮膚の免疫細胞を比較してみると、老齢皮膚で特に細胞障害性CD4 CTLが増加していること、老化細胞数とCD4 CTL数に負の相関があることを見出しました。CD4 CTLを継代により老化誘導したヒト線維芽細胞と共培養すると老化細胞のみにアポトーシスを誘導する作用があり、CD4 CTLが生理的セノリシスのキープレイヤーであることを明らかにしています。
 さらにこのCD4 CTLが老化細胞のどの抗原を認識しているのかを調べました。老齢皮膚ではT細胞の標的として知られるクラスII MHC分子とともにHCMV由来の糖タンパク質の発現が高まっていることを発見しました。HCMVは幼少期に不顕性感染し、その後潜伏・持続感染により人体に終生寄生し人口集団に深く浸透しています。日本においても成人期での抗体保有率は60~90%とされています。CD4 CTLはウイルス糖タンパク質を発現する線維芽細胞を殺し、T細胞の抗原受容体がクラスII MHC-ウイルス糖タンパク質複合体と結合していることも確認しています。
 本論文により、複雑なヒトの免疫システムとウイルスの新たなインタラクトームの存在が明らかとなりました。加齢に伴う老化細胞の蓄積を防ぐためにヒトの免疫系がHCMVと共生関係を確立するように進化してきたことは非常に面白い知見です。HCMV抗原ワクチンが抗HCMV T細胞免疫を活性化する新たなセノリシス戦略としても応用できるかもしれません。
(文責:澁谷修一)

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海外文献紹介2023年6月号

Taurine deficiency as a driver of aging.

P. Singh, et al.
Science. 380: eabn9257 (2023). DOI: 10.1126/science.abn9257

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37289866/

 酵母、線虫、ハエ、マウスといった老化研究によく使われるモデル生物に共通して健康寿命と最大寿命を延びることは、カロリー制限や各種栄養素の制限などで多くの報告があります。その一方で、ある化合物を添加することで、真核生物に共通して寿命が延びる事例はほとんどありません。具体的には再現性も含めてほぼ確実と言えるのは、ラパマイシンとスペルミジンの2つで、他の物質に関しては、再現性をもってマウスも含めて効果があることまでは示されていません。Science誌で今月、3つ目となる可能性がある化合物として、タウリンが報告されました。私のポスドク時代の師匠、Matt Kaeberleinとラボメンバーも酵母と線虫の実験を担当して論文の共著者になっています。
 タウリンは動物の生体内に豊富に存在するアミノ酸の一種で、スルホン酸基を含んでおり、タンパク質を形成する一般的なアミノ酸とは構造的にも化学的にも異なります。筆者らは、マウス、アカゲザル、ヒトに共通して、タウリンの量が年を取ると、若いときの20%程度にまで落ちることを示します。マウスに毎日タウリンを与えると、オス、メスともに10%程度寿命が延びました。線虫でも寿命を延ばしましたが、出芽酵母では延びませんでした。マウスではタウリン投与により、脂肪が減少してやせ型になるとともに、調べたすべてのほぼ臓器の加齢の表現型が抑えれました。業界でみなが知る総説Hallmarks of Agingの各徴候も調べ、こちらも検討したほぼ全ての項目がタウリンにより改善されました。血液代謝物と健康データを欧州で約1万2千人から集めたEPIC-Norfolk研究(Pietzner et al., Nature Medicine 2021)を利用した解析から、血中タウリンとタウリン代謝物のレベルが高い人ほど、やせていて、糖尿病や炎症マーカーが少ない傾向があることもわかりました。さらにヒトで運動後に血中タウリンとタウリン代謝物のレベルが有意に上昇することも示しました。15歳のアカゲザル(ヒトの4-50歳の中年に相当)にタウリンを半年間投与した際の結果もマウスにほぼ同様で、やせ型になるとともに、骨が強くなり、肝臓障害の血中マーカーが軽減し、炎症と、活性酸素による損傷マーカーの軽減も見られました。
 タウリン欠乏が老化を促進する分子機序はこの研究では明らかになっておらず、タウリン投与が抗老化に寄与する分子機序も明らかにされていません。多くの可能性が残る中で、論文では、ミトコンドリアtRNAのタウリン修飾が加齢とともに減少し、タウリンの補充によって部分的に回復することを示しています。タウリン修飾tRNAに依存するミトコンドリアタンパク質であるNADHデヒドロゲナーゼサブユニット6(ND6)の量もまた、加齢とともに減少し、タウリンの補充によって増加しました。
 というわけで、今回報告されているタウリンの抗老化効果は「すさまじい」の一言です。抗老化剤候補として注目される他の手法は極めて高価である中、仮にマウスで寿命を延ばした量をヒトにそのまま換算するのであれば、タウリンはリポビタンDを4,5本飲むことに相当します(リポビタンDハイパーなら1,2本。ちなみにレッドブルの日本販売製品にはタウリンは入っていません)。投与したマカクザルの寿命の評価も含めた長期的な効果は、数年後には発表されることでしょう。筆者たちはヒトでの試験を進めていく予定のようです。なおヒトではタウリン投与での大規模の安全性試験はまだ報告されていない段階で、特にこの論文でマウスやサルで試された、エナジードリンクでの含有量を超えた摂取量がヒトにどう影響するかは、ほとんどデータがないと言えます。もしのちの試験結果を待ちきれず自分で知りたい方がいるならば、今回ヒトやサルでデータを出した血液生化学検査や骨密度測定のような検討なら、個人で試すことも、安くてかつ薬の規制も弱いタウリンならできてしまいます。ただし、カロリー制限にある程度似た、やせ型に伴う効果のように見えるデータが多いので、メタボの方の挑戦はGoかもしれませんが、サルコペニアの方には悪影響が出る可能性が特に懸念されます。投与前のデータ取得や非投与群のコントロール(友達や家族、もしくは長生きを望まないあなたの上司?)の設定はお忘れなく。
(文責:伊藤 孝)

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海外文献紹介2023年5月号

Senescence atlas reveals an aged-like inflamed niche that blunts muscle regeneration.

「老化アトラスで明らかになった筋再生を阻害する加齢様炎症性ニッチ」

Moiseeva V, et al.
Nature. 613 (7942): 169-178 (2023).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36544018/

 老化の定義については現状においても明確にすることが困難な言葉の1つと言えるでしょう。一方、私たちの身体の機能が年齢とともに低下し、老化細胞が増加してくる ことは多くの研究から疑いの余地がありません。寿命が延伸している現代社会において、健康な状態で年齢を重ねることが共通の願いではないでしょうか。今回ご紹介するのは、 加齢や疾患で増加する一方、腫瘍細胞の抑制に必要とされる老化細胞の実態について、分子・機能レベルで同定した論文です。
 本論文は希少な老化細胞を取得し、トランスクリプトーム、クロマチン、パスウェイ解析など様々な手法により同定し、その役割を示しています。まず、p16-3MRマウス(老化細胞 の可視化が可能なモデル)のカルディオトキシン骨格筋投与による筋損傷後の再生過程において、若齢(3-6ヶ月齢)よりも老齢(28ヶ月齢)で老化細胞が多く長い期間存在 することを示しました。SPiDER-β-galを指標に、損傷後の筋組織からFACSを用いて老化細胞を単離し、シングルセルRNAシーケンシング(scRNA-seq)アトラスを作成しました。 そして、損傷後の老化細胞ニッチの構成要素としてミエロイド細胞(MCs)・間葉系細胞(FAPs)・サテライト細胞(SCs)を特定しました。筋傷害を与えた二世代のp16-3MRマウスに 抗ウィルス薬や抗悪性腫瘍薬を用いることで、老化細胞が減少し筋の再生促進と炎症の緩和が見られることを示しました。その効果は若いマウスの微少穿刺による一過性の損 傷だけでなくmdxマウス(Duchenne型筋ジストロフィーのモデル)のような慢性的な損傷においても改善が見られ、筋ニッチに老化細胞が存在すると年齢や期間に関係なく筋再生に 有害であることを示しました。著者らはこの実験から、老化細胞が一過性に存在することは再生に有益だとする既存の意見に疑問を呈しています。また、SPiDERの反応性と細胞 表面マーカーを用いてFACSによる分画により、老化細胞を高純度で取得するプロトコルを確立しました。RNAseq解析によると、若いマウス(筋損傷3日後)の3種の細胞集団では、 老化細胞は固有の遺伝子発現を示しました(例えば、SCsの老化細胞では筋収縮関連遺伝子、FAPsでは細胞骨格や弾性線維制御遺伝子、MCsでは免疫応答遺伝子など)。 さらにパスウェイ解析・クロマチン解析を行うと、炎症と線維化に関する2つの老化の特徴が保存されており、老化細胞におけるクロマチンへのアクセシビリティーが低下していることが 明らかになりました。SASPのトランスクリプトーム解析から見えてきたことは、主なSASPの特徴が炎症や線維化に関する遺伝子発現の増加であったことから生体内における老化細胞 の特徴と一致していること、損傷を受けた若いマウスでも損傷後の老齢マウスと同様のサイトカインを分泌し一過性に存在する老化細胞のSASPが加齢様の炎症を模倣していること、 NF-κBやMAD3 が損傷により誘導され老化と炎症に関与していることを明らかにしています。また、SASP成分が老化していないSCsの増殖停止やパラクライン的に老化を誘発する可 能性を示唆しました。これらは老化細胞から分泌されるSASPが筋再生に関与する可能性が高いことを示しています。そして、今回SASP解析から同定されたCD36は損傷した筋肉で は発現が高いものの、薬剤阻害では老化細胞の数に影響はなくSASPのみを減少させました。CD36のサイレンシングした老化細胞でもp16-3MRマウスへの移植後にホストへの影響 がないことから、老化細胞が分泌するSASPがCD36に制御されパラクライン的に筋肉の再生に影響を及ぼす可能性が高く示唆された結果です。
 近年、老化細胞除去への関心が高まり数々の報告がなされていますが、本論文では新たにCD36のようなSASP因子の中から生体内における機能的意義を明らかにしました。 より大規模な老化アトラスを活用し老化に関わる分子を特定することで、健康な生活を長く送るための糸口を見つけることにつながるのだろうと期待されます。
(文責:板倉陽子)

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海外文献紹介2023年4月号

APOE4 impairs myelination via cholesterol dysregulation in oligodendrocytes.

Joel W. Blanchard, et al.
Nature. 611 (7937): 769-779 (2022).

https://www.nature.com/articles/s41586-022-05439-w

 さて、少々古い文献ではあるのですが、今回はアルツハイマー病のリスク因子であるアポリポ蛋白E(ApoE)に関する論文の紹介となります。既に何度も登場しているの でご存じの先生方も多いと思いますが、新たに入会された先生や学生の方もいらっしゃると思いますので、簡単に背景を紹介いたします。ApoEは脳内でのコレステロー ル輸送を司るアポリポ蛋白の1つで、ヒトではApoE2、ApoE3、ApoE4という3つの対立遺伝子が存在します。このうち、ApoE4は現在ほどゲノム解析が発達していなか った頃からアルツハイマー病のリスク因子として知られており、ApoE4をヘテロで有する場合は約3倍、ホモで有する場合は約15倍もアルツハイマー病の発症リスクが上昇 します。一方、ApoE2はⅢ型高リポ蛋白血漿のリスクが高まるものの、アルツハイマー病に対する保護因子として知られています。これまで、多くの研究者がApoEとアルツ ハイマー病発症との関係について研究を展開しており、本学会でも国立長寿医療研究センターの篠原先生が優れた研究報告をされていることは記憶に新しいところです。 今回ご紹介する論文は、これまでの研究成果を支持するとともに、オリゴデンドロサイトの重要性を強く示唆する論文でもあります。
 今回、筆者らはApoE4を有するアルツハイマー病患者(ApoE4キャリア―)を対象にシングルセル解析を行い、ApoE3/3、ApoE3/4、ApoE4/4間における比較検討を 行った結果、従来から知られている炎症関連因子の変動を確認したことに加え、脂質代謝関連因子がApoE4キャリアーで大きく変動していることを発見しました。特に、 コレステロール合成系因子では有意な上昇が、コレステロール輸送系因子においては有意な減少が確認され、脳内コレステロール輸送に関わるApoEならではの変化とい える結果が得られました。ここまでの結果であれば従来とさほど変わらないのですが、ApoE4キャリアーを含む剖検脳の病理組織学的検索により、これらの変化は主にオリ ゴデンドロサイトにおいて生じており、ApoE4キャリアーのオリゴデンドロサイトでは顕著な脂質の細胞内蓄積が生じていることを発見しました。さらに、オリゴデンドロサイトへ と分化誘導したApoE4キャリアー由来iPS細胞やApoEノックインマウスを用いた解析でも同様の結果が確認され、ApoE4はオリゴデンドロサイトにおける脂質代謝を障害 することが明らかとなりました。オリゴデンドロサイトは中枢神経系において、コレステロールからなるミエリン(髄鞘)の形成に欠かせないグリア細胞であり、当然ながら神経機 能に深く関与します。興味深いことに、ApoE4キャリアーの脳内では細胞内に脂質が蓄積したオリゴデンドロサイトが確認される一方、ミエリン形成は大きく低下しているこ とが明らかとなりました。そこで筆者らは、コレステロールと結合して生体膜から引き抜くシクロデキストリンのようなコレステロール輸送を促進する薬剤をiPS細胞由来オリゴ デンドロサイトやApoE4ノックインマウスに投与した結果、ミエリン形成が回復することを確認しました。これらの結果から、ApoE4はオリゴデンドロサイトの脂質代謝障害を 介してミエリン形成を阻害し、神経機能を脆弱にすることで老年期におけるアルツハイマー病発症リスクを上昇させている可能性が示唆されました。
 手前味噌で恐縮ですが、私も以前、アルツハイマー病発症の環境リスク因子であるⅡ型糖尿病が脳内コレステロール代謝を変容(やはり産生系が増加しておりました)さ せることで老化に伴うアミロイドβ蓄積を加速化することを発見したのですが(Takeuchi et al., Am J Pathol 2019)、どの細胞が関与しているのかまでは解析 できておりませんでした。今回紹介した論文の成果から、アルツハイマー病態における脳内コレステロール代謝の重要性とともに、ApoE4による発症リスク増大の背景にオリ ゴデンドロサイトの存在が示されたことは今後のアルツハイマー病対策を考える上で大きな意味があると考えております。
(文責:木村展之)

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海外文献紹介2023年3月号

Organ-specific fuel rewiring in acute and chronic hypoxia redistributes glucose and fatty acid metabolism.

Ayush D. Midha, et al.
Cell metabolism. 35: 504-516 (2023).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36889284/

 ロッキー山脈やアラスカ山脈など、海抜4,500m以上の高地に住む人々は、肥満や糖尿病、高コレステロール血症を含む代謝疾患に罹りにくいことが知られています。 今回紹介する論文はその理由について研究し、慢性的な低酸素状態が糖質や脂質の燃焼を促すことを明らかにしました。さらに、そのメカニズムとして臓器特異的にエ ネルギー代謝が変化することを示しています。
 平地に暮らす私たちは、約21%の酸素を含む空気を吸って呼吸しています。一方で、海抜4,500m以上の高地では、空気に含まれる酸素は11%程度しかなく、そこに 暮らす人々は慢性的な低酸素状態にあります。筆者らは、長期的な低酸素状態が個体レベルで代謝に与える影響を調べるため、マウスを用いて研究を行いました。 具体的には、マウスを21%、11%、8%酸素環境で飼育し、行動、体温、血中のCO2量および血糖値の測定、PET/CTスキャンやメタボローム解析を用いた代謝測定を行 いました。
 まず、低酸素条件(11%、8%酸素)初日では、マウスの自発行動量や血中CO2量(激しく呼吸すると低下)が著しく減少することがわかりました。しかし、この低下は3 週間目までに通常条件(21%酸素)とほぼ同等まで回復しました。摂食量も同様で、低酸素開始後の数日は低下しましたが、低酸素期間が長くなるほど通常条件と の差は観察されませんでした。一方で、体重や血糖値は低酸素開始後から低下し、その状態が持続することがわかりました。
 低酸素による代謝の持続的な変化のメカニズムを明らかにするため、筆者らはFDG(フルオロデオキシグルコース)-PET/CT検査を行い、臓器ごとの糖代謝を測定しま した。その結果、教科書的に知られているように、低酸素によってほとんどの臓器でグルコース代謝が上昇することがわかりました。しかし、骨格筋と褐色脂肪細胞では、 逆にグルコース代謝が低下していることを見出しました。次に筆者らは、安定同位体でラベルしたグルコースおよびパルミチン酸を用いたメタボローム解析によって、臓器ご との代謝動態を測定しました。その結果、慢性的な低酸素状態では心臓でグルコース代謝が顕著に上昇し、脳、肝臓、腎臓では脂肪酸代謝が上昇することを明らか にしました。
以上の結果をまとめると、慢性的な低酸素状態では心臓が積極的にグルコースを代謝してTCA回路を回し、脳、肝臓、腎臓では脂質の燃焼を高めていることがわか りました。さらに、褐色脂肪細胞では糖代謝を抑制して、グルコースの消費を抑えていることが示されました。
この論文は、トレーサーを上手く使って臓器ごとの代謝変化(グルコースと脂肪酸のみですが)をきっちり調べた点が評価できます。他方で、分子メカニズムについては解 析されていないので、今後の研究が期待されます。高地トレーニングならぬ高地療法が流行る日が来るのでしょうか。
(文責:赤木一考)

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海外文献紹介2023年2月号

A NPAS4–NuA4 complex couples synaptic activity to DNA repair.

Elizabeth A. Pollina, et al.
Nature. 614: 732-741 (2023).

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36792830/

 学習・記憶刺激などによって引き起こされる神経細胞の活動は、脳内神経回路のリモデリングに不可欠な現象です。一方で、神経細胞の過剰な興奮は、寿命短縮 に繋がるなど、神経細胞の活動が老化を規定する重要な要素として、その制御機構が注目されています。
 最近の研究により、神経活動が転写の際にDNAの二本鎖切断を引き起こすことが明らかとされており、分裂終了後の成熟した神経細胞では、ゲノム安定性という点 でリスクの大きい変化であることから、DNA切断後の修復機構の存在が示唆されてきました 。しかしながら、長期間にわたる活動依存的なダメージに耐久できるような、 ゲノム保護機構の獲得については、これまで解明されていませんでした。今回紹介する論文は、神経細胞の活動によって引き起こされるDNA切断に対するDNA修復機 構を、緻密で膨大な実験により同定した画期的な内容となっています。
 著者らは、活性化した神経細胞では、転写因子NPAS4がクロマチン修飾因子NuA4と複合体を形成していることを先ず見いだしまた。実際、NPAS4-NuA4複合体 は、脳内の活動によって引き起こされるDNA切断の際に、遺伝子調節エレメントに結合し、さらにDNA修復因子を呼び寄せて損傷部位の修復を促進していました。対 照的に、NPAS4-NuA4シグナルを障害した場合では、活動依存的な転写応答の異常、神経抑制機構の制御異常、さらにはゲノム不安定性を引き起こすなど、個 体寿命の短縮に繋がる結果が得られています。
このように今回の論文では、神経細胞の活動とゲノム保存を直接結びつける神経細胞特異的な複合体を同定し、寿命制御に関与していることが明らかにされました。 今後、NPAS4-NuA4複合体の機能破綻と発達障害、神経変性疾患、さらには老化進行との因果関係について解明されていくことが期待されます。
(文責:多田敬典)

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海外文献紹介2023年1月号

One-year aerobic exercise increases cerebral blood flow in cognitively normal older adults.

「1年間の有酸素運動は認知機能が正常な高齢者の脳血流を増加させる」

Tsubasa Tomoto, et al.
J Cereb Blood Flow Metab. (2022). Online ahead of print.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36250505/

 運動は万能薬と言われており、認知症など加齢関連疾患に対する効果が期待されています。しかし、高齢者における認知機能や脳血流調節に対する運動の効果 については証拠が不十分のようです。今月は、認知機能が正常な高齢者において1年間有酸素運動を継続した効果について報告した論文を紹介します。
 対象者は認知機能が正常な(MMSEスコアが26点以上)60-80歳で、高血圧や糖尿病などの基礎疾患がない人でした。対象者を有酸素運動群と対照群に分け、 1年間の運動介入前後で心肺機能、循環機能、脳血流、認知機能などを計測・比較しました。有酸素運動群は25-30分の運動(最大心拍数の75-85%の強度) を週3回実施するのを基本とし、漸進的に運動回数および強度を増加させていきました。対照群は、四肢のストレッチ運動を週3回実施するのを基本とし、段階的に全 身のストレッチや低強度のレジスタンス運動を加え、運動群と同様に運動回数を増やしていきました(運動は最大心拍数の50%未満で実施)。
 その結果、有酸素運動群では心肺機能の向上のほか、脳血流の増加、脳血管抵抗の低下、記憶機能の向上などを認めました。対象群では心肺機能や脳血流、 脳血管抵抗に変化はありませんでしたが、有酸素運動群と同様に記憶機能が向上しました。なお有酸素運動群では、脳血管抵抗の変化と記憶機能の変化に負の 相関を認めました(血管抵抗がより減少すると記憶機能がより向上)。したがって、著者らは有酸素運動が高齢者の脳血流調節を改善するとともに脳の健康に有用で あると結論付けています。
本論文で用いた有酸素運動は、対象が健常な人だったとはいえ非常に高強度だったため、8割近くの参加者が1年間も継続したことに驚きました(まさに、継続は力な り、ですね)。一方、低強度の運動習慣(対照群)でも継続することで記憶機能が向上したという結果は、激しい運動が難しい人にとって福音だと思いました。
(文責:渡辺信博)

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海外文献紹介アーカイブ

▼2022年