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編集委員会からのお知らせ:2024年12月号海外文献紹介

Adipose tissue retains an epigenetic memory of obesity after weight loss.

Laura C Hinte, et al.
Nature.
636: 457-465 (2024). DOI: 10.1038/s41586-024-08165-7.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39558077/

 
 高齢化社会を迎える日本では、生活習慣病改善が老化研究のひとつのテーマとなっています。本紹介論文のテーマである肥満は、多くの生活習慣病態の悪化を助長します。私は褐色脂肪の研究を齧ったにもかかわらず、私自身が肥満に苦しめられております。一度体重が96kgを超えて以降、いくらダイエットを試みても痩せにくく、なんとか痩せてもすぐにリバウンドしてしまうのです。
 本論文は昔から噂されていた脂肪細胞が肥満の記憶を維持しているのではないかという疑念について、エピジェネティックな視点から細胞記憶の分子機序を解明した研究になります。
 著者らはまず、糖尿病などの大きな疾患のない健康体重の人、肥満の人(肥満手術前)、肥満手術を受けて痩せてから2年間経った人からそれぞれ皮下脂肪組織と大網脂肪組織を生検し、snRNA-seq解析を実施しました。これらの解析で、肥満時の転写調節不全は脂肪細胞、脂肪前駆細胞、内皮細胞で顕著なことがわかりました。また大網脂肪では肥満手術前と比較して、肥満手術の2年後でも肥満特有のダウンレギュレーションされたDEG(IGF1, LPIN1, IDH1, PDE3Aなど)が保持されていました。同様に、皮下脂肪でも肥満手術の前後で肥満特有のダウンレギュレーションされたDEG(IGF1, DUSP1, GPX3, GLULなど)が保持されていました。さらにこれらの保持されたDEGの詳細な遺伝子セット濃縮解析により、主に脂肪細胞の代謝と機能に関連した経路がダウンレギュレーションされており、線維症 (TGFβシグナル伝達経路)やアポトーシス経路がアップレギュレーションされていることがわかりました。これらの結果は、肥満になると脂肪組織の転写パターンが変化し、その変化は肥満手術などによって体重減少した後でも少なくとも2年間は保持されることを示しています。
 次に著者らは、6週齢から60%高脂肪食を12週間または24週間投与した後、数週間標準食に戻した野生型雄マウスの病態生理学を詳細に調べました。これらの対照群には高脂肪食の代わりに10%低脂肪食を与えています。体重は標準食に切り替えてから4週間から8週間で正常に戻りました。12週間高脂肪食投与で肥大化した鼠径部白色脂肪細胞のサイズは体重減少と共に正常に戻りましたが、一方で、24週間投与群では体重減少後も鼠径部白色脂肪細胞のサイズは正常には戻りませんでした。同様に、12週間投与でみられる精巣上体白色脂肪組織の免疫細胞浸潤や頂端線維症は体重減少後に改善しましたが、24週間投与群では体重減少後も改善しませんでした。つまり、肥満の期間が長いと回復し切らない表現型があるようです。結論としては、多くの病態生理学的異常は体重減少後に正常化されますが、一部の代謝異常は持続したということになります。
 次に、これらのマウスの精巣上体白色脂肪組織でsnRNA-seq解析を行いました。snRNA-seq解析では、免疫細胞、脂肪細胞、脂肪前駆細胞、中皮細胞、内皮細胞、上皮細胞など15種を評価しました。この解析では、体重減少後でも炎症性や細胞外マトリックスのリモデリング経路などのアップレギュレーションが維持されたままであり、脂肪細胞の代謝はダウンレギュレーションされたままであることがわかりました。これらの結果は、最初に紹介したヒトでの結果とも概ね一致しています。
 次に著者らは、この細胞への記憶を付与している根本的なメカニズムを探索するため、マウスの精巣上体白色脂肪細胞のエピジェネティック解析を行いました。多くの遺伝子のプロモーターの状態は、正常なマウスと比較して、肥満マウスや肥満後に体重を減少させたマウスで共通してアクティブ(H3K4me3やH3K27ac)から抑制 (H3k27me3)に、またはその逆に切り替わっていました。例えば、肥満を経験したマウスの脂肪細胞機能関連遺伝子(Gpam, Cyp2e1, Acacbなど)のプロモーターは抑制されていました(高H3K27me3, 低H3K4me3, 低H3K27ac)。逆に、肥満を経験したマウスの細胞外マトリックスのリモデリングおよび炎症性シグナル伝達に関与する遺伝子(lcam1, Lyz2, Tyrobpなど)のプロモーターは活性化していました(低H3K27me3, 高H3K4me3, 高H3K27ac)。この結果は、ヒトとマウスでみられた肥満を経験した脂肪組織の表現型と一致していて、一旦肥満になると体重減少後もエピジェネティックな変化は維持されたままになってしまうことがわかりました。加えて、プロモーター領域の記憶と同様にエンハンサー領域にもエピジェネティックな記憶(H3K4me1など)があることがわかりました。著者らは、肥満経験で獲得され、体重減少後も維持されるH3K4me1化されるエンハンサーに「new enhancers」と名付けました。興味深いことに、これらのnew enhancersは炎症性シグナル伝達、リソソーム活性、細胞外マトリックスのリモデリングに関連したエンハンサーでした。
 次に、著者らは正常なマウスと肥満後に体重減少したマウスの鼠径部白色脂肪組織と精巣上体白色脂肪組織から初代培養細胞を調製し、ex-vivo実験を行いました。まず精巣上体白色脂肪組織の比較では、正常なマウス由来の白色脂肪細胞と比較して、肥満後に体重減少したマウス由来の細胞ではグルコースやパルミチン酸の取り込みが多いことがわかりました。また、鼠径部白色脂肪組織の比較では、正常なマウス由来の細胞と比較して、肥満後に体重減少したマウス由来の細胞では脂肪形成がわずかに損なわれていることがわかりました。これらの結果は、持続的な肥満の記憶がex-vivo で表現型に影響を与えていることを示しています。
 著者らは最後に、正常なマウスと比較して、肥満後に体重減少したマウスの方が高脂肪食投与条件下では体重増加しやすいことや、空腹血糖値や食後のインスリン値が上昇することを報告しました。
 まとめると、肥満経験で獲得するエピジェネティックな変化の一部は、体重減少後も記憶として維持され、ダイエットのヨーヨーモデルにおける脂肪細胞の転写応答の変化に寄与しているということです。加えて、その記憶の影響で、肥満記憶を保持した脂肪細胞は再び高脂肪食を摂取した際にリバウンドしやすくなっているのです。
 一旦肥満に陥った人には衝撃的な報告でしたが、将来的には希望が見えました。肥満によるエピジェネティックな変化が詳細にわかってきたことで、それらを標的とした新たな肥満治療戦略が開発されていくと思われます。今後の抗肥満研究の動向に着目し、期待しております。
 本論文を、是非ご一読いただければ幸いです。
(文責:橋本 理尋)

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