編集委員会からのお知らせNotice

  • TOP
  • 編集委員会からのお知らせ

海外文献紹介2023年4月号

APOE4 impairs myelination via cholesterol dysregulation in oligodendrocytes.

Joel W. Blanchard, et al.
Nature. 611 (7937): 769-779 (2022).


https://www.nature.com/articles/s41586-022-05439-w

 さて、少々古い文献ではあるのですが、今回はアルツハイマー病のリスク因子であるアポリポ蛋白E(ApoE)に関する論文の紹介となります。既に何度も登場しているの でご存じの先生方も多いと思いますが、新たに入会された先生や学生の方もいらっしゃると思いますので、簡単に背景を紹介いたします。ApoEは脳内でのコレステロー ル輸送を司るアポリポ蛋白の1つで、ヒトではApoE2、ApoE3、ApoE4という3つの対立遺伝子が存在します。このうち、ApoE4は現在ほどゲノム解析が発達していなか った頃からアルツハイマー病のリスク因子として知られており、ApoE4をヘテロで有する場合は約3倍、ホモで有する場合は約15倍もアルツハイマー病の発症リスクが上昇 します。一方、ApoE2はⅢ型高リポ蛋白血漿のリスクが高まるものの、アルツハイマー病に対する保護因子として知られています。これまで、多くの研究者がApoEとアルツ ハイマー病発症との関係について研究を展開しており、本学会でも国立長寿医療研究センターの篠原先生が優れた研究報告をされていることは記憶に新しいところです。 今回ご紹介する論文は、これまでの研究成果を支持するとともに、オリゴデンドロサイトの重要性を強く示唆する論文でもあります。
 今回、筆者らはApoE4を有するアルツハイマー病患者(ApoE4キャリア―)を対象にシングルセル解析を行い、ApoE3/3、ApoE3/4、ApoE4/4間における比較検討を 行った結果、従来から知られている炎症関連因子の変動を確認したことに加え、脂質代謝関連因子がApoE4キャリアーで大きく変動していることを発見しました。特に、 コレステロール合成系因子では有意な上昇が、コレステロール輸送系因子においては有意な減少が確認され、脳内コレステロール輸送に関わるApoEならではの変化とい える結果が得られました。ここまでの結果であれば従来とさほど変わらないのですが、ApoE4キャリアーを含む剖検脳の病理組織学的検索により、これらの変化は主にオリ ゴデンドロサイトにおいて生じており、ApoE4キャリアーのオリゴデンドロサイトでは顕著な脂質の細胞内蓄積が生じていることを発見しました。さらに、オリゴデンドロサイトへ と分化誘導したApoE4キャリアー由来iPS細胞やApoEノックインマウスを用いた解析でも同様の結果が確認され、ApoE4はオリゴデンドロサイトにおける脂質代謝を障害 することが明らかとなりました。オリゴデンドロサイトは中枢神経系において、コレステロールからなるミエリン(髄鞘)の形成に欠かせないグリア細胞であり、当然ながら神経機 能に深く関与します。興味深いことに、ApoE4キャリアーの脳内では細胞内に脂質が蓄積したオリゴデンドロサイトが確認される一方、ミエリン形成は大きく低下しているこ とが明らかとなりました。そこで筆者らは、コレステロールと結合して生体膜から引き抜くシクロデキストリンのようなコレステロール輸送を促進する薬剤をiPS細胞由来オリゴ デンドロサイトやApoE4ノックインマウスに投与した結果、ミエリン形成が回復することを確認しました。これらの結果から、ApoE4はオリゴデンドロサイトの脂質代謝障害を 介してミエリン形成を阻害し、神経機能を脆弱にすることで老年期におけるアルツハイマー病発症リスクを上昇させている可能性が示唆されました。
 手前味噌で恐縮ですが、私も以前、アルツハイマー病発症の環境リスク因子であるⅡ型糖尿病が脳内コレステロール代謝を変容(やはり産生系が増加しておりました)さ せることで老化に伴うアミロイドβ蓄積を加速化することを発見したのですが(Takeuchi et al., Am J Pathol 2019)、どの細胞が関与しているのかまでは解析 できておりませんでした。今回紹介した論文の成果から、アルツハイマー病態における脳内コレステロール代謝の重要性とともに、ApoE4による発症リスク増大の背景にオリ ゴデンドロサイトの存在が示されたことは今後のアルツハイマー病対策を考える上で大きな意味があると考えております。
(文責:木村展之)

PDF (381KB)


海外文献紹介2023年3月号

Organ-specific fuel rewiring in acute and chronic hypoxia redistributes glucose and fatty acid metabolism.

Ayush D. Midha, et al.
Cell metabolism. 35: 504-516 (2023).


https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36889284/

 ロッキー山脈やアラスカ山脈など、海抜4,500m以上の高地に住む人々は、肥満や糖尿病、高コレステロール血症を含む代謝疾患に罹りにくいことが知られています。 今回紹介する論文はその理由について研究し、慢性的な低酸素状態が糖質や脂質の燃焼を促すことを明らかにしました。さらに、そのメカニズムとして臓器特異的にエ ネルギー代謝が変化することを示しています。
 平地に暮らす私たちは、約21%の酸素を含む空気を吸って呼吸しています。一方で、海抜4,500m以上の高地では、空気に含まれる酸素は11%程度しかなく、そこに 暮らす人々は慢性的な低酸素状態にあります。筆者らは、長期的な低酸素状態が個体レベルで代謝に与える影響を調べるため、マウスを用いて研究を行いました。 具体的には、マウスを21%、11%、8%酸素環境で飼育し、行動、体温、血中のCO2量および血糖値の測定、PET/CTスキャンやメタボローム解析を用いた代謝測定を行 いました。
 まず、低酸素条件(11%、8%酸素)初日では、マウスの自発行動量や血中CO2量(激しく呼吸すると低下)が著しく減少することがわかりました。しかし、この低下は3 週間目までに通常条件(21%酸素)とほぼ同等まで回復しました。摂食量も同様で、低酸素開始後の数日は低下しましたが、低酸素期間が長くなるほど通常条件と の差は観察されませんでした。一方で、体重や血糖値は低酸素開始後から低下し、その状態が持続することがわかりました。
 低酸素による代謝の持続的な変化のメカニズムを明らかにするため、筆者らはFDG(フルオロデオキシグルコース)-PET/CT検査を行い、臓器ごとの糖代謝を測定しま した。その結果、教科書的に知られているように、低酸素によってほとんどの臓器でグルコース代謝が上昇することがわかりました。しかし、骨格筋と褐色脂肪細胞では、 逆にグルコース代謝が低下していることを見出しました。次に筆者らは、安定同位体でラベルしたグルコースおよびパルミチン酸を用いたメタボローム解析によって、臓器ご との代謝動態を測定しました。その結果、慢性的な低酸素状態では心臓でグルコース代謝が顕著に上昇し、脳、肝臓、腎臓では脂肪酸代謝が上昇することを明らか にしました。
以上の結果をまとめると、慢性的な低酸素状態では心臓が積極的にグルコースを代謝してTCA回路を回し、脳、肝臓、腎臓では脂質の燃焼を高めていることがわか りました。さらに、褐色脂肪細胞では糖代謝を抑制して、グルコースの消費を抑えていることが示されました。
この論文は、トレーサーを上手く使って臓器ごとの代謝変化(グルコースと脂肪酸のみですが)をきっちり調べた点が評価できます。他方で、分子メカニズムについては解 析されていないので、今後の研究が期待されます。高地トレーニングならぬ高地療法が流行る日が来るのでしょうか。
(文責:赤木一考)

PDF (155KB)


海外文献紹介2023年2月号

A NPAS4–NuA4 complex couples synaptic activity to DNA repair.

Elizabeth A. Pollina, et al.
Nature. 614: 732-741 (2023).


https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36792830/

 学習・記憶刺激などによって引き起こされる神経細胞の活動は、脳内神経回路のリモデリングに不可欠な現象です。一方で、神経細胞の過剰な興奮は、寿命短縮 に繋がるなど、神経細胞の活動が老化を規定する重要な要素として、その制御機構が注目されています。
 最近の研究により、神経活動が転写の際にDNAの二本鎖切断を引き起こすことが明らかとされており、分裂終了後の成熟した神経細胞では、ゲノム安定性という点 でリスクの大きい変化であることから、DNA切断後の修復機構の存在が示唆されてきました 。しかしながら、長期間にわたる活動依存的なダメージに耐久できるような、 ゲノム保護機構の獲得については、これまで解明されていませんでした。今回紹介する論文は、神経細胞の活動によって引き起こされるDNA切断に対するDNA修復機 構を、緻密で膨大な実験により同定した画期的な内容となっています。
 著者らは、活性化した神経細胞では、転写因子NPAS4がクロマチン修飾因子NuA4と複合体を形成していることを先ず見いだしまた。実際、NPAS4-NuA4複合体 は、脳内の活動によって引き起こされるDNA切断の際に、遺伝子調節エレメントに結合し、さらにDNA修復因子を呼び寄せて損傷部位の修復を促進していました。対 照的に、NPAS4-NuA4シグナルを障害した場合では、活動依存的な転写応答の異常、神経抑制機構の制御異常、さらにはゲノム不安定性を引き起こすなど、個 体寿命の短縮に繋がる結果が得られています。
このように今回の論文では、神経細胞の活動とゲノム保存を直接結びつける神経細胞特異的な複合体を同定し、寿命制御に関与していることが明らかにされました。 今後、NPAS4-NuA4複合体の機能破綻と発達障害、神経変性疾患、さらには老化進行との因果関係について解明されていくことが期待されます。
(文責:多田敬典)

PDF (145KB)


海外文献紹介2023年1月号

One-year aerobic exercise increases cerebral blood flow in cognitively normal older adults.
「1年間の有酸素運動は認知機能が正常な高齢者の脳血流を増加させる」

Tsubasa Tomoto, et al.
J Cereb Blood Flow Metab. (2022). Online ahead of print.


https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36250505/

 運動は万能薬と言われており、認知症など加齢関連疾患に対する効果が期待されています。しかし、高齢者における認知機能や脳血流調節に対する運動の効果 については証拠が不十分のようです。今月は、認知機能が正常な高齢者において1年間有酸素運動を継続した効果について報告した論文を紹介します。
 対象者は認知機能が正常な(MMSEスコアが26点以上)60-80歳で、高血圧や糖尿病などの基礎疾患がない人でした。対象者を有酸素運動群と対照群に分け、 1年間の運動介入前後で心肺機能、循環機能、脳血流、認知機能などを計測・比較しました。有酸素運動群は25-30分の運動(最大心拍数の75-85%の強度) を週3回実施するのを基本とし、漸進的に運動回数および強度を増加させていきました。対照群は、四肢のストレッチ運動を週3回実施するのを基本とし、段階的に全 身のストレッチや低強度のレジスタンス運動を加え、運動群と同様に運動回数を増やしていきました(運動は最大心拍数の50%未満で実施)。
 その結果、有酸素運動群では心肺機能の向上のほか、脳血流の増加、脳血管抵抗の低下、記憶機能の向上などを認めました。対象群では心肺機能や脳血流、 脳血管抵抗に変化はありませんでしたが、有酸素運動群と同様に記憶機能が向上しました。なお有酸素運動群では、脳血管抵抗の変化と記憶機能の変化に負の 相関を認めました(血管抵抗がより減少すると記憶機能がより向上)。したがって、著者らは有酸素運動が高齢者の脳血流調節を改善するとともに脳の健康に有用で あると結論付けています。
本論文で用いた有酸素運動は、対象が健常な人だったとはいえ非常に高強度だったため、8割近くの参加者が1年間も継続したことに驚きました(まさに、継続は力な り、ですね)。一方、低強度の運動習慣(対照群)でも継続することで記憶機能が向上したという結果は、激しい運動が難しい人にとって福音だと思いました。
(文責:渡辺信博)

PDF (186KB)


海外文献紹介2022年12月号

Ferroptosis of tumour neutrophils causes immune suppression in cancer.

Rina Kim, et al.
Nature. 612: 338-346 (2022).


https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36385526/

 図らずと、先月に石井先生が取り上げたフェロトーシスが再び主役となりました。先月号で石井先生が述べていたように、老化と切っても切り離せない腫瘍免疫への影響についての新規の知見が得られたのです。
 フェロトーシスは、アポトーシスやネクローシスとは異なる鉄依存性の細胞死で、過酸化脂質が蓄積し、ミトコンドリアのクリステが減少してミトコンドリアが凝集するなどの特徴が認められることが報告されています。主に、酸化還元機構のバランスが崩れ、多価不飽和リン脂質が過酸化されることにより誘発されます。フェロトーシスという細胞死が認識されたのは、僅かここ10年のことです。最近はNature等でも頻繁に取り上げられていますが、これまではフェロトーシスと免疫の関連についてはよくわかっていませんでした。本論文では、腫瘍免疫に与えるフェロトーシスの影響について新たな知見を報告しています。
 これまで、好中球の多形核骨髄由来免疫抑制細胞(PMN-MDSC)は、抗腫瘍免疫の負の調節因子とされており、がん患者においても腫瘍中にPMN-MDSCが多いと予後が悪いなどの相関性が報告されていました。また、腫瘍微小環境内でフェロトーシス誘導試薬を添加すると、転移性間葉系の腫瘍治療などに効果的であるとする研究報告もなされていました。しかし、フェロトーシス、PMN-MDSC、抗腫瘍免疫の三者の関係性は包括的に理解されていませんでした。また、これらのin vivoの研究の多くは、機能的な免疫システムを欠損した異種移植マウス腫瘍モデルでの実験から得られた結果であったため、正常に免疫システムが機能しているマウスでの検証例はほとんどなく、フェロトーシスが免疫ステム全体へ与える影響については検証されていなかったのです。
 著者らはまず、リンパ腫、CT26結腸がん、ルイス肺がん(LLC)移植可能なモデルマウスの骨髄、脾臓、腫瘍部位からそれぞれPMN-MDSCを単離し、フェロトーシス阻害剤(フェロスタチン-1)、ネクローシス阻害剤(ネクロスタチン-1)、アポトーシス阻害剤(zVAD)を使用して、PMN-MDSCへの各細胞死の影響を調べました。結果としては、どのPMN-MDSCもアポトーシス阻害で生存率が増えましたが、ネクローシス阻害の影響は受けませんでした。興味深いことに、骨髄や脾臓由来のPMN-MDSCとは異なり、腫瘍のPMN-MDSCがフェロトーシスに特に強い感受性を示すことがわかりました。加えて、PMN-MDSCのフェロトーシスを誘導すると、細胞死の直前に、T細胞に対して抑制効果を持つPGE2やアラキドン酸(AA-PEox)等が促され、これにより免疫が抑制されていることがわかりました。さらに、このPMN-MDSCの免疫抑制活性が、フェロトーシス阻害剤のリプロックススタチン-1処理で失われることも確認しました。
 著者らは、好中球にフェロトーシス誘導経路の主要な標的因子であるアラキドン酸 12/15-リポキシゲナーゼ(Alox12/15)が欠損した遺伝子改変マウスを用いて、in vivoでもPMN-MDSCの免疫抑制活性がフェロトーシス誘導を介したものであることを確かめました。ヒトにおいても、頭頚部がん患者と子宮がん患者の腫瘍組織で検証し、それらを支持する結果を得ています。
 最後に、著者らは、免疫能力のあるマウスでフェロトーシスを遺伝学的・薬理学的に阻害すると、T細胞を介したPMN-MDSCの免疫抑制活性が消失し、結果として腫瘍の増殖が抑制されることを示しました。逆に、免疫能力のあるマウスでフェロトーシスを誘導すると、前述したメカニズムによる免疫抑制活性が示され、腫瘍の増殖が促進されるという結果を得ました。
 ヒトの免疫システムは老化と共に大きく変化していき、その中で様々な病態と向かい合っていかなくてはなりません。腫瘍病態に限らず、免疫機能を介する多くの病態治療において、今後はフェロトーシスも考慮していかねばならないのかもしれません。様々な老化現象や加齢性疾患に対して、フェロトーシスを標的とした新規治療法の開発が進むことを願ってこの論文を紹介しました。
 ご興味がありましたら、ご一読くだされば幸いです。
(文責:橋本理尋)

PDF (182KB)


海外文献紹介2022年11月号

A non-canonical vitamin K cycle is a potent ferroptosis suppressor.

Eikan Mishima, et al.
Nature. 608: 778-783 (2022).


https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35922516/

 著者らは本論文の前報にて、フェロトーシス抑制タンパク質(FSP1; ferroptosis suppressor protein 1)がNADH-ユビキノン(CoQ10)酸化還元(NADH-ubiquinone reductase)活性を有し、脂質過酸化反応により生じる過酸化脂質(LOOH)を還元するGPX4(selenium-dependent glutathione peroxidase-4)に独立してはたらいて、生成するユビキノール(CoQ10-H2)の脂質ラジカル(ペルオキシラジカル(LOO·)、アルコキシラジカル(LO·))還元作用(FSP1-ubiquinone pathway)を介して、フェロトーシス(鉄または過酸化脂質誘導性の細胞死)を抑制すると報告している(Nature. 575: 693-698, 2019)。本論文は、FSP1がビタミンK(VK;フィロキノン・メナキノン)も基質として作用することを報告したものである。また脂溶性ビタミンのうち、ビタミンE(VE;αTOH)が脂質過酸化反応の抗酸化剤としての代表格であるが、今回の報告ではVKもその作用を十分に発揮することを精巧な生化学実験下で証明している。
 著者らは、まずVK(フィロキノン・メナキノン・メナジオン)のフェロトーシス抑制効果と細胞毒性について検証している。GPX4欠損あるいはGPX4阻害剤を投与しフェロトーシスを誘導した線維芽細胞・がん細胞、およびグルタミン酸毒性を誘導した神経細胞をもちいて、フェロトーシスを抑制することを確認している。この際、メナキノンが最も強い効果を示すこと、メナジオンはフェロトーシス抑制効果が低いこと、フェロトーシス非特異的な細胞死抑制効果や細胞毒性を生じることを報告し、側鎖の重要性を考察している。さらに、肝臓特異的GPX4欠損マウスおよび肝臓・腎臓虚血再灌流モデルでのメナキノンの組織細胞保護効果を明らかにしている。
 次に、フェロトーシスを抑制するVKの脂質ラジカル除去作用(直接的な還元効果)を検証するため、FSP1依存的な還元型ビタミンK(VKH2)生成とその効果を、リコンビナントFSP1、クマリン色素VK類似体を合成・精査し、さらにSTY-BODIPY(スチレン蛍光色素プローブ)をもちいたFENIX(fluorescent-enabled inhibited autoxidation)assayにより、精巧な生化学的実験を実施している。
 グルタミン酸のカルボキシル化反応で補酵素となるVKは、VKOR(VK epoxide reductase)によるVKサイクル「VKH2→VKO(エポキシド)→VK(キノン型)→VKH2」下で作用する。しかし本論文では、このサイクルとは別に、FSP1がメナジオン以外で「VK→VKH2」のNADH依存的な酸化還元反応を触媒し、脂質ラジカルを還元除去するVKH2を生成することを証明している。この際、その作用はVEラジカル(αTO·)毒性にも効果を示すことが示唆されたと考察している。
 この他、VKのFSP1触媒作用を介したフェロトーシス抑制効果は、GPX4、VKORやNADH quinone oxidoreductase 1(NQO1)の触媒作用とは独立していることを、それらの欠損細胞株や阻害剤をもちいて明らかにしている。
 最後に、本論文では、FSP1触媒作用によりNADH依存的な酸化還元反応を介して産生されるVKH2の脂質ラジカル除去効果(抗酸化作用)が確証をもって示された。その効果がユビキノンを基質とする抗酸化作用よりも強く、VEラジカル毒性も還元することが示唆されたことは、脂質過酸化レドックス研究のさらなる躍進の布石となったことは言うまでもない。また、VK合成を担う腸内細菌叢(マイクロバイオーム)が抗酸化作用に如何に重要となっているかを示唆する成果ともなった。今後、フェロトーシスといった一細胞死を対象とした研究ばかりでなく、本論文の一部で示されていた免疫や炎症応答への効果についての詳細な分子機構を明らかにする発展的な研究を願ってやまない。
(文責:石井恭正)

PDF (189KB)


海外文献紹介2022年10月号

Insulin signaling in the long-lived reproductive caste of ants.

Hua Yan, et al.
Science. 377: 1092-1099 (2022).


https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36048960/

 酵母、線虫、ハエ、マウス、キリフィッシュなどの比較的短命なモデル生物が老化研究をこれまで発展させてきた一方で、新しいモデルを用いる研究も広がりを見せています。その流れは大きく2つあるように思います。一つは近縁種に対して外れ値的に長寿となる生物種のサンプルを用いて、長生きに相関する事象を抽出する研究です。ニシオンデンザメ、ゾウ、ブラントホオヒゲコウモリ、ベイマツ、アイスランドガイ等を用いる研究が含まれます。もう一つの流れが真社会性動物を用いた研究です。ゲノム同一性が強いがカーストが明確に区別される同一空間に居住する集団内で、生殖機能が分業として与えられた王と女王がなぜ他のカーストより圧倒的に長寿になるのかを探ります。多くのハチ、カリバチ、アリ、シロアリの種やハダカデバネズミ等が用いられる研究です。ヒトを含めた真核生物の主流は繁殖と生存はトレードオフの関係でこれらとは逆の傾向があるのですが、生命が進化上で長寿を発展させてきた機構を探る上で興味深い研究対象となっています。
 今回筆者たちはアリのHarpegnathos Saltator種を使って女王の長寿の機構に迫りました。この種ではコロニーで一匹のみ存在する女王が死んだときに、ワーカーのカーストから1匹のみ新しく女王に近い状態に分化し、卵を産むなどの性質を新たに持ち得ます。その際には寿命もワーカーの平均7か月から、女王の平均4年へと移り変わります。ワーカーとワーカー由来の偽女王のRNA-seqの比較より、偽女王の脳でインスリン産生が上がることを確認しました。インスリンは多くの生物種で成長と生殖に必要とされるシグナルですが、過剰なシグナルが老化を早めることも多くの報告があります。意外なことに、過剰生産にも関わらず、偽女王の組織ではインスリン下流のうち、Akt経路が抑制されていました。説明し得る機構として、偽女王の卵巣ではlmp-L2というインスリンの機能を抑制する分泌タンパクの発現が増えていました。Imp-L2はインスリン下流のうち、Akt経路を選択的に抑制する一方で、卵産生に重要なインスリン下流とされるMAPKのレベルには影響しませんでした。一度取り除いた本物の女王をコロニーに戻すと偽女王はワーカーに再び分化し寿命も元に戻ります。この際にインスリンとImp-L2の両方が元のレベルに戻りました。以上から、インスリンのような成長や繁殖に必須だけれども老化を進めてしまうシグナルの下流の一部を特定組織で抑えることが、繁殖と寿命のトレードオフを女王が回避できているメカニズムではないかと筆者らは推定します。
 以前にはミツバチの女王の分化に重要な成分が寿命延長に寄与することは報告されました(Kamakura et al., Nature 2011)。しかしその後の研究でこの物質が他の種でのカースト分化や老化抑制に寄与するような普遍性はほぼないことがわかっています。今回の発見が他の生物にそのまま転用されることもほぼないと思われます。提唱する機構の傍証も多くは提示されていません。しかし成長や繁殖という生命に必須な機能を犠牲にしなくとも長寿化が分子機構上可能であることを示した本研究は、老化を副作用の少ない形での制御を目指すコミュニティにとって福音であり大いに勇気づける知見となることでしょう。
(文責:伊藤 孝)

PDF (174KB)


海外文献紹介2022年9月号

Distinct tau neuropathology and cellular profiles of an APOE3 Christchurch homozygote protected against autosomal dominant Alzheimer’s dementia.

Diego Sepulveda-Falla, et al.
Acta Neuropathol. 144: 589-601 (2022).


https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35838824/

 「基礎」老化学会の海外文献紹介として病理解剖報告を紹介するのはいかがなものかというご批判もあるとは存じますが、医科学研究は臨床現場にフィードバックできてナンボというのが私の信念でもありますので、あえて今回はこの論文を紹介いたします。
 認知症研究者の方は良くご存じだと思いますが、特定遺伝子(APP, PS1, PS2)の変異を原因とする家族性アルツハイマー病は常染色体優性遺伝によって次世代へ受け継がれ、100%確実に発症します。また、発症時期も40代前後とかなり早く、早期発症型アルツハイマー病と呼ばれることもあります(注:若年性アルツハイマー病は60歳未満で発症した孤発性アルツハイマー病患者を指し、別物です)。そして、先述した特定遺伝子が全てbアミロイド蛋白質(Ab)の産生に関わる分子であることがアミロイドカスケード仮説の根拠になっています。ところが近年、家族性アルツハイマー病の遺伝子変異を有しているにも関わらず40歳を過ぎても認知機能が正常に保たれている方の存在が確認され、遺伝子解析を実施したところ、アポリポ蛋白E(ApoE)に特徴的な変異を持つことが発見されました。実はこのApoEもアルツハイマー病と深く関係のある分子でして、ヒトはApoE2、E3、E4と3種類のハプロタイプを有しており、ApoE4をヘテロで持つとアルツハイマー病の発症リスクが3倍に、ホモで持つ場合は15倍に増加することが知られています。この方のApoEはE3だったのですが、他の人にはない変異(R136S)が見つかり、この変異(居住地にちなんでChristshurch変異と命名)が認知症に対する保護効果をもたらしているのではないかと考察されていました。今回ご紹介する症例報告は、この方の病理検索結果となります。
 まず臨床情報ですが、PS1E280A変異を有する方は通常40歳前後で発症するのに対し、この方は70歳まで認知機能が保たれていました。その後、72歳頃から少し認知機能に低下がみられ、75歳で軽度認知障害と診断されたようです。最終的には癌によって77歳でお亡くなりになり今回の病理解剖に至りましたが、その結果、大きく3つの興味深い事実が明らかとなりました。まず1つ目は、脳の容積自体は健常人に比べて小さいこと。そして2つ目は、老人斑と呼ばれるAb病変は大脳皮質に広く確認され、一般的なアルツハイマー病患者とほぼ同等かそれ以上であったこと。そして3つ目は、老人斑と並ぶアルツハイマー病の二大病変である神経原線維変化の形成が後頭葉に限局しており、海馬や側頭葉皮質といった領域には極めて少なかったことです。神経細胞死はさほど生じていませんので、脳容量が小さい原因は細胞死による萎縮ではなく、神経突起やシナプスの脱落に起因する可能性が高いと考えられます。逆に言えば、神経細胞さえ死ななければ何とか機能は保てるとも言えますね。そして、アルツハイマー病の実験病理学を続けてきた私にとって最もインパクトがあった事実は、Abはやはり認知症発症と相関しないという厳然たる事実だと思います。編集委員便りでも触れましたが、Abがアルツハイマー病の原因分子であることを後押しした有名な論文が捏造の疑いをかけられ、現在捜査中です。まだ結論が出ていない時点でコメントするのは時期尚早ですが、仮に論文が捏造ではなかったとしても、実際に患者さんの体で生じていることを反映できないのであれば、やはりその仮説は不十分なのではないかと個人的には感じます。一方で、神経原線維変化の大脳皮質全体への拡大が認知症発症と相関するという事実は今回もしっかり確認されましたので、ますます信憑性が高まったのではないでしょうか。また、シングルセル解析の結果、ApoE3の発現量と相関してアストロサイトの生理学的機能やミクログリアの炎症性反応が変化するという結果が得られていますので、近年大きな注目を集めているグリア細胞の変化が認知症発症に大きな影響を及ぼす可能性も大いに示唆されました。たった1例の症例報告ですのでデータとしては軽いのですが、この事実をしっかりと認識して、今後の認知症研究を正しい方向へ修正していくことが私たちには求められていると考えます。
(文責:木村展之)

PDF (193KB)


海外文献紹介2022年8月号

Somatic mutations in single human cardiomyocytes reveal age-associated DNA damage and widespread oxidative genotoxicity.

Sangita Choudhury, et al.
Nature Aging. 2: 714-725 (2022).


https://www.nature.com/articles/s43587-022-00261-5

 加齢に伴い体細胞DNAの変異が蓄積することはよく言われています。しかし、実際にヒト心筋細胞においてそのような詳細な研究はなされていませんでした。本論文では、ヒト心筋細胞におけるシングルセル全ゲノムシーケンシング(WGS)による体細胞一塩基変異(sSNVs)の特徴が報告されました。今回、心臓が生涯働き続ける中でどのような変化が生じ、どのように機能を維持しているかを知る手掛かりとなる研究をご紹介します。
 実験は、4歳以下3例・30代から60代の6例・70代から80代の3例から56個の単一心筋細胞を用いて、それぞれの核の変異を解析しました。心臓における核の多倍体化は新生児のような早い段階から生じていました。左室の心筋細胞核を単離し、DNAを増幅してWGSを行った結果、2倍体化・4倍体化どちらの心筋細胞でも加齢に伴いsSNVsが有意に増加していましたが、ゲノムサイズの違いによる有意差はありませんでした。また、加齢に伴うsSNVsの蓄積について複数種の細胞を調べたところ、変異のプロセスが細胞種により異なる可能性が示唆されました。そこで、心筋細胞、神経細胞、肝細胞、リンパ球を比較したシグネチャー解析によりその要因を調べたところ、メチル化シトシンからチミンへの脱アミノ化の異常な修復を反映するもの、酸化的DNA損傷の修復不全に関与するもの、DNAミスマッチ修復(MMR)の欠損に関与するものなど、加齢に伴い増加する3つの要因を同定しました。なかでも、心筋細胞では加齢に伴うMMRの寄与がほかの細胞より飛躍的に増加し、MMRの減少がヌクレオチド除去修復や塩基除去修復よりも影響をより強く受けたことから、心筋細胞特異的なsSNVsの蓄積はMMRに関連したものだと示唆されました。2倍体および4倍体心筋細胞における遺伝子ノックアウト(KO)の蓄積を比較した結果では、心筋細胞の大部分で有害な変異を有することが示される一方、4倍体の心筋細胞において遺伝子KOの確率が有意に低いことが示されました。このことは、4倍体心筋細胞は、加齢に伴う変異による遺伝子機能の喪失を回避するのに有効であること強く示唆していました。
 本論文において、心筋細胞や肝細胞のような代謝の活発な臓器では変異から自身を守るために多倍体化している可能性が考えられる一方、心筋細胞ではMMR経路欠損の寄与が大きいなど、変異原性プロセスの特異性を示していました。多倍体化は哺乳類の心筋細胞の特徴であることから、著者らは心筋細胞の多倍体化は急激な変異の蓄積による悪影響を軽減するメカニズムになりうると述べています。最後に、本研究は加齢心筋細胞におけるゲノム状況と変異蓄積のメカニズムをより深く理解するための基礎となるものであり、加齢に伴う心筋細胞の機能不全を軽減するための新しい治療法の開発に役立つと締めくくっています。
 このように、加齢に伴い生じる遺伝子の変異は各細胞共通した要因を示す一方で、臓器特異性が存在し、その機能と密接に関与することを示唆しています。一つ一つの細胞の変異を知ることは、大変貴重な研究です。また、心筋細胞が多倍体化によりその機能を維持するというシステムは、細胞ごとの“生きる”ことへの工夫と努力が私たち個体を生かしているのだと、個人的には感慨深い内容でした。
(文責:板倉陽子)

PDF (162KB)


海外文献紹介2022年7月号

Sestrin mediates detection of and adaptation to low-leucine diets in Drosophila.

Xin Gu, et al.
Nature. Online ahead of print. (2022).


https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35859173/

 mTORC1は、老化制御において中心的な役割をすることが多くの研究から明らかにされています。必須アミノ酸のひとつであるロイシン(leucine)は、mTORC1の活性化に重要であることが知られています。また、ロイシン結合タンパク質であるSestrinは、アミノ酸センサーとして働き、ロイシンが欠乏するとmTORC1を抑制することが哺乳類細胞を用いたin vitro系で明らかにされていました。しかし、食餌由来のロイシンに対する生体内でのSestrinの役割については不明でした。今回紹介する論文では、ショウジョウバエの遺伝学や生化学的手法を用いて、分子から行動に至るまでSestrinによるロイシンセンシングについて綺麗にアドレスしています。
 まず著者らは、Sestrinがin vivoでもロイシンセンサーとして働き、mTORC1活性を調節することを示しました。次に、Sestrin変異体では、コントロール系統に対してロイシン欠乏食での寿命が短いことから、Sestrinはロイシン欠乏を感知して寿命を調節することが示唆されました。次に、food choice assayの結果、コントロール系統ではロイシンリッチな餌を好み、そちらに多くの卵を産むことがわかりました。一方、Sestrin変異体ではその傾向が失われました。ちなみに、ロイシン欠乏食では幼虫は生存できないようです。最後に、どの組織でのSestrinがこのfood choice行動に必要なのかについて、各組織でSestrinをノックダウンして調べました。その結果、グリア細胞におけるSestrin-mTORC1 axisがロイシンセンシングとその後の産卵行動に必要であることが示唆されました。
 老化におけるSestrinの役割については、昨年頃からショウジョウバエで報告されていますので、生体内におけるロイシンの役割とともに今後も注目していきたいと考えています。
(文責:赤木一考)

PDF (149KB)


海外文献紹介2022年6月号

Brain charts for the human lifespan.

R. A. I. Bethlehem, et al.
Nature. 604: 525-533 (2022).


https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35388223/

 身長や体重など、身体の発達の度合いを評価する指標として広く使われているのが「成長曲線」です。成長曲線を記録することは、病気の早期発見や治療の選択肢として非常に重要な指標です。しかし、これまで、脳の正常な成長や加齢に伴う変化を数値化した「脳の成長曲線」は存在しませんでした。
 今回紹介する論文では、過去数十年間に得られたMRI画像を用いて「ブレインチャート」を作成し、生涯における脳の構造の変化とその変化率を定量化し、脳の健康状態の予測や脳疾患の早期発見の可能性を示しています。また、一般的に成長曲線は出生直後から思春期頃までを対象としていますが、本論文で作成した「ブレインチャート」は、100以上の研究から得られた受胎後115日から100歳までのヒト101,457人のMRI画像123,984枚を用いており、すべての年齢層が網羅されています。
 本論文では、作成した「ブレインチャート」に基づいて、受胎後17週以前から3歳までに脳の大きさが約70%増加するなど、この時期が脳成熟の初期成長における重要な時期であることを明らかにしました。さらに、安定性の高い縦断的な測定により、軽度認知障害からアルツハイマー病への診断移行に伴う脳の変化を評価することができ、将来的に進行性神経変性疾患の定量的な予測・診断する上で、臨床的に有用であることが示されました。このように、「ブレインチャート」を用いて脳の変化を予測し、脳疾患の早期発見につながる可能性が示されるなど、今後、データベースのさらなる発展が期待されます。また、このような新しい評価指標の確立は、多くの脳疾患の早期発見につながる一方で、新しい評価指標により生じるデメリットを防ぐために、運用体制の構築も必要であると感じました。
(文責:多田敬典)

PDF (139KB)


海外文献紹介2022年5月号

Hyperexcitable arousal circuits drive sleep instability during aging.

「過興奮性の覚醒回路が加齢に伴う睡眠の不安定にさせる」

Shi-Bin Li, et al.
Science. 375: eabh3021 (2022).


https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35201886/

 加齢に伴い増える困りごとのひとつに睡眠の問題が挙げられます。睡眠は、体内時計に加えて、睡眠・覚醒を司るしくみがうまく協調して調節されます。今月は睡眠の加齢変化のしくみの一端として、覚醒を司る神経回路の過興奮が、加齢に伴い睡眠が断片化することに関与することを示した論文を紹介します。
 著者らは、覚醒維持に重要な物質のひとつである「オレキシン(ヒポクレチン)」に着目して研究を行いました。若齢マウス(3-5か月齢)と比べて老齢マウス(18-22か月齢)では、覚醒やREM睡眠の発生回数が多いことに加えて、視床下部のオレキシンニューロンの数が約38%少ないことを示しました。一方、オレキシンニューロンの機能としては、老齢マウスにおいて明期(非活動期)にニューロンの活動がより頻繁に見られ、睡眠の持続時間と負の相関を認めました。
 残存するオレキシンニューロンが老齢マウスで過興奮を起こすしくみとして、著者らは、(1)オレキシンニューロンの静止膜電位がより脱分極状態にあること、(2)刺激に対するオレキシンニューロンの応答性が高いこと、(3)電位依存性K+チャネル(KCNQ2)の数・機能ともに低下していること、を報告しました。さらに、KCNQ2・3の刺激薬(flupirtine)を明期の初めに老齢マウスに投与すると、覚醒回数が減少するとともにnon-REM睡眠の持続時間が延長することが示されました。
 本論文では、覚醒系のひとつであるオレキシンに着目して研究が展開されていますが、睡眠を促すしくみは加齢でどのような影響を受けるのか、それらの相互作用についてさらに興味が沸いた次第です。
(文責:渡辺信博)

PDF (142KB)


海外文献紹介2022年4月号

p53 directs leader cell behavior, migration, and clearance during epithelial repair.

Kasia Kozyrska, et al.
Science. 375: eabl8876 (2022).


https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35143293/

 科学者ではない方々との会話の中で、「老化したくない。いつまでも美しい肌でいたい。研究で何とかしてくれ。」と言われることがあります。細胞レベルの老化である細胞老化は、いかにも老化を促進して肌の質感を害しそうな悪いイメージを連想させるかもしれませんが、実際には癌抑制機構として重要な役割を担っているだけでなく、皮膚の創傷治癒に寄与しているなど、皮膚表層を正常な状態に維持するのに貢献しています。
 表皮が物理的な損傷を受けると、最もダメージを受けた最前線の生き残った細胞の一部では、p38MAPKに依存してp53経路が活性化した「リーダー細胞」が出現します。リーダー細胞は、細胞老化の特徴である扁平な細胞形態をしており、二核形成等の特徴を有しています。リーダー細胞では、p53の活性化に伴い、下流のp21WAF1/CIP1 (p21) のサイクリン依存性キナーゼ (CDK) 阻害により、細胞周期の遅延が引き起こされ、以下に示すリーダー細胞としての生理機能に重要な役割を果たしています。リーダー細胞が出現すると、周りの「フォロワー」と呼ばれるp53の発現レベルが低い細胞群が、リーダー細胞が出現した創傷の最前線側へ協調して大移動を開始し、創傷の穴を効率的に埋めて治癒をしていきます。リーダー細胞は、フォロワー細胞が大移動する方向性を決定する道標となるわけです。一般的に生体内では、老化細胞は健全な細胞との競合に負けてクリアランスされますが、創傷治癒の場合も例外ではありません。リーダー細胞がフォロワー細胞の誘導業務を終えると、他の細胞との競合の中で淘汰されていきます。仮に、役目を終えたリーダー細胞が淘汰されずに居座り続けると、上皮特有の特徴的な構造を上手く構築することができません。つまり、リーダー細胞が出現し、役目を終えたリーダー細胞が消え去るところまでの一連の流れを終えて、はじめて完全な創傷治癒が完了するのです。
 本論文では、まずMadin-Darby canine kidney (MDCK) 上皮細胞を用いたインビトロの培養系でも、生体上皮の創傷治癒の際と同様の、自発的なリーダー細胞が出現し、それに従い動くフォロワー細胞群が観察されることを見出しました。著者らは、MMC処理によりp53が活性化された細胞が、自発的リーダーの挙動を示すことを示しました。次に、p53 KO条件下では、Mdm2阻害剤により細胞増殖を抑制しても、フォロワー細胞としてしか振舞えず、リーダー細胞の挙動は示さないことを見出しました。これらの結果は、リーダー細胞の挙動にはp53の活性化が必須であることを示しています。次に、p21 KO条件下では、p53の活性化を誘導しても、十分なリーダー細胞としての挙動を示さないことが明らかになりました。この結果は、p53の下流のp21がリーダー細胞の挙動を促進するのに重要な役割を果たしていることを示唆しています。加えて、どのような分子制御機構によりp21がリーダー細胞の挙動を補佐しているかを調べるため、著者らは、p21が持つCDK阻害活性と同様の効果を発揮するCDK阻害剤をp21 KO条件下で処理しても、リーダー細胞の挙動を示すことを明らかにしました。また、p21の下流の遺伝子であるPI3KとRac1が、リーダー細胞の挙動を制御していることも突き止めました。これらの結果は、p21がCDK阻害活性により細胞周期が遅延され、結果として下流のPI3KとRac1の発現が誘導されることが、リーダー細胞の挙動に必要である可能性を示唆しています。
 次に著者らは、上皮細胞が単層で敷き詰められたシート上で機械的な損傷を与えた時に、損傷部位の端でp53が活性化した細胞が出現するかを調べました。予想通り、機械的損傷部位の端の部分では、p53陽性細胞が出現しました。興味深いのは、p53の上流のストレス関連キナーゼであるp38経路を阻害すると、同様の実験を行ってもp53陽性細胞は出現しなかったということです。この結果は、上皮細胞が機械的な損傷を受けた条件下では、p38を介した経路でp53が活性化され、リーダー細胞の挙動が誘導されていることを示唆しています。
 続いて、p53の活性化や抑制によって、損傷した上皮の修復速度が変化するかどうかについて調べました。GSE-22の過剰発現によりp53の活性化を抑制した条件下では、フォロワー細胞の移動速度が低下しました。一方、最前線の細胞にレーザー照射を行い、DNAダメージを与えてp53を活性化した条件下では、フォロワー細胞の移動速度は上昇しました。これらの結果は、損傷の最前線でp53陽性細胞が効率よく出現することがフォロワー細胞の移動速度に影響を与えていることを示唆しています。
 最後に、役目を終えたリーダー細胞が、フォロワー細胞の移動が完了した後にどうなるのかを調べました。興味深いことに、自発的リーダー細胞の75.9%、損傷により誘導されたリーダー細胞の40%がクリアランスされました。さらに、このp53陽性細胞のクリアランスにはp21が関与しており、p21の過剰発現条件下ではフォロワー細胞の移動完了後にもリーダー細胞が除去されにくく、上皮が正常な構造を形成できないことがわかりました。
 リーダー細胞の出現によるフォロワー細胞群の協調した移動は、創傷後の上皮細胞だけでなく、心筋細胞の移動や、血管新生時の細胞の動向、転移性の癌細胞の遊走等にも関わっていることが知られていることから、様々な細胞の移動を担う普遍的な分子制御機構である可能性があります。幅広く、再生医療などへも応用されていくことを期待しています。
 ご興味がありましたら、是非ご一読願いたいと思います。
(文責:橋本理尋)

PDF (177KB)


海外文献紹介2022年3月号

Molecular hallmarks of heterochronic parabiosis at single-cell resolution.

Róbert Pálovics, et al.
Nature. 1603: 309-314 (2022).


https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35236985/

 近年、機械精度の向上と情報技術の拡張により、単一細胞解析が飛躍的に進歩し、細胞老化研究において一躍脚光を浴びている。2018年Tabula Muris Consortiumによって単一細胞トランスクリプトームアトラスTabula Muris(Nature. 2018;562:367-372)が確立され、2020年には加齢臓器でのアトラスTabula Muris Senis(Mouse Ageing Cell Atlas)が確立された(Nature. 2020;583:590-595)。今回の報告は、Tabula Muris Senisを基盤にした、若齢と高齢個体間でのパラビオーシス後の単一細胞トランスクリプトーム解析(scRNA-seq)の成果である。
 著者らは、若齢(4月齢)と老齢(19月齢)マウスをもちい、それぞれ同齢個体間と異齢個体間で3種のパラビオーシスを実施した。それぞれの同月齢個体間比較で、異齢個体間パラビオーシスの若齢個体での変化を老化促進モデル(ACC:若齢間パラビオーシス個体 vs. 異齢間パラビオーシス若齢個体)と老齢個体での変化を若返りモデル(REJ:老齢間パラビオーシス個体 vs. 異齢間パラビオーシス老齢個体)とした。また、Tabula Muris Senisにある臓器組織のうち、20種(膀胱・脳・褐色脂肪・横隔膜・生殖腺脂肪・心臓・腎臓・大腸・大腿骨格筋・肝臓・肺・骨髄・腸間膜脂肪・膵臓・表皮・脾臓・皮下脂肪・胸腺・舌・気管)を対象とした。
 先ず、FACS-Smart-seq2分析により20臓器122,280細胞の遺伝子発現解析(DGE)を実施し、遺伝子発現が変化した(DEGs)細胞をACC群で49細胞種、REJ群で51細胞種、確認した。このうち肝細胞は、老化(AGE: Tabula Muris Senis control群)や老化促進(ACC群)で顕著に相似して遺伝子発現が変化しており、REJ群でそれらの遺伝子発現変化は反転回復していた。これに反して3群間の変化で矛盾するような結果も多く得られているが、その他、内臓脂肪組織の内皮細胞や脂肪組織の間葉系幹細胞(間質細胞)、さらに免疫細胞や造血幹細胞(HSC)の遺伝子発現変化では、AGE群とACC群で相似して、REJ群でこれらを回復する変化が確認された。
 このように変化した遺伝子の多くは、ミトコンドリア電子伝達系を構成するタンパク質をコードする遺伝子群であった。また、パスウェイ解析では、エネルギー代謝・免疫応答・毒物代謝で変化が確認された。内皮細胞・間質細胞・免疫細胞では、それぞれ組織間を超えて統合された遺伝子発現制御が存在していることが示唆された。
 本論文では、膨大なscRNA-seqビッグデータを機械学習アルゴリズムによって階層分析し、多くの成果は、パラビオーシスによる加齢促進または若返りの推移を予測するものとして評価できる。今後、これらの成果を過去のモデル研究の成果と結びつけた再検証データセットが実現され、真偽と機能的な側面を深堀りできること願う。最後に、勝手ではあるが、ミトコンドリア電子伝達系の遺伝子発現変化は細胞の増殖性や修復性を反映したものであり、肝臓や脂肪組織での変化は循環器等の体液成分から刺激を受けたエネルギー代謝の変動が大きく寄与したものであると考察できた。また、本論文中で、ミトコンドリア電子伝達活性を制御するmitochondrial leucyl-tRNA synthetase(Lars2)について、非分裂細胞の線虫での成果を引用し言及しているが、著者らの考察ほど単純ではないと懐疑的に捉えた。
(文責:石井恭正)

PDF (185KB)


海外文献紹介2022年2月号

Healthy aging and muscle function are positively associated with NAD+ abundance in humans.

Georges E Janssens, et al.
Nature Aging.


https://www.nature.com/articles/s43587-022-00174-3

 生物で普遍的に使用される補酵素NAD+は真核生物では加齢とともに量が減ることがヒトも含めて示されています。NAD+濃度を上げれば老化は遅延できるというアイディアがあり、モデル生物では一定の効果を挙げています。ヒトでもビタミンB3、NR(Nicotinamide riboside)、NMN(Nicotinamide mononucleotide)などNAD+前駆体を投与する臨床試験が多く行われていますが、老化に関連する機能とNAD+の強い関係は現時点では示されていません。
 今回筆者たちは若者と高齢者から採取した筋生検サンプルでメタボローム解析を行い、NAD+濃度が加齢や筋肉の機能と強い相関があることを示しました。
 20-30歳若者12人と、65-80歳高齢者40人が参加した小規模の試験で、高齢者はさらに日常の運動習慣により3群に分けました。3群は (1)強:一日13500歩数。1時間以上の運動プログラム週3回1年以上継続 (2)中:一日10000歩数 (3)弱:一日6500歩数、で分け、中のグループが若者群の運動習慣と類似しています。筋メタボローム解析137種の代謝物を定量したところ、加齢かつ運動しないことに最も連動して低下したのがNAD+でした。高齢者・運動強のグループのNAD+濃度は若者グループとほぼ同等の値を示しました。グループ間比較のみならず、個人ごとの筋肉の機能を示す各種指標(ミトコンドリア最大呼吸能等)との相関を見た際も、NAD+量は筋肉機能保持と強い相関を示しました。さらに興味深いことに、一日の歩数が多いヒトほど筋肉NAD+濃度が高いことも確認されました。
 運動がヒトで健康寿命を延ばし、筋肉でのミトコンドリア機能を上昇させることを多くの研究から支持されています。今回の論文では、ミトコンドリア代謝に強い関連があるNAD+濃度が高齢者での筋能力保持に強い相関を持つことが新たに示されました。積極的な運動習慣を取り入れた高齢者が若者に近い代謝物プロファイルを示したことはとても興味深い知見です。運動とNAD+の因果関係の実証は今後の解析を待ちますが、これまで健康に良いとされていた10000歩歩行よりも、さらにインテンシティの高い「登山家三浦雄一郎型」の積極的な運動がNAD+関連代謝を含め、加齢による変化を遅延もしくは逆行できるのか?という問いはこれを契機に実証研究が加速していく思われます。
 本論文から予想されることでもう一点興味深いのは、強度の高い運動がNAD+前駆体投与よりも健康効果が高い可能性です。NMN投与による臨床試験では、筋肉でインスリン感受性は増加しましたが、生理的な機能向上やミトコンドリア機能の改善は認めませんでした(Yoshino et al., Science 2021)。日本での小規模試験ではNMN投与で高齢者の筋能力が改善することがプレプリントで報告されています(Igarashi et al., 2021)が、普遍性の高いプロトコルの確立にはまだ時間がかかりそうです。新しい科学技術に根差したシーズは期待感が大きい一方で、健康に近道なし、日々自ら鍛え上げよ、というのが現時点のヘルシーエイジングに向けた最適解かもしれません。
(文責:伊藤孝) (文責:伊藤孝)

PDF (160KB)


海外文献紹介2022年1月号

The exercise-induced long noncoding RNA CYTOR promotes fast-twitch myogenesis in aging.

Martin Wohlwend, et al.
Sci Transl Med.


https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34326210/

 これまでは自らの研究領域であるアルツハイマー病関係の文献ばかりを紹介してきたのですが、今回は身体フレイルの代表格であるサルコペニアに関する論文を選んでみました。老化に伴い進行性に骨格筋量が低下するサルコペニアは高齢者の介護要因として大きな問題となっており、超高齢化社会に突入した我が国においては迅速且つ的確な対策が必要です。
 今回紹介する論文は、運動反応性に変化するヒト骨格筋遺伝子のデータセットから同定されたCYTORというlncRNAに注目した研究成果で、培養細胞はもちろん線虫やマウスなどのモデル動物も駆使した盛りだくさんの論文です。ヒト由来データを用いて基礎研究を行い、その成果をさらにヒトでも検証する理想的な研究ではないかと感じました。
 ストーリーはシンプルかつ明快で、運動反応性に発現変化するCYTORがⅡ型筋線維の分化と維持に働くことで骨格筋量の維持に重要な働きをしているというものです。この部分の証明に培養細胞をはじめ様々なモデルを突っ込んでおり、トップジャーナルに論文を載せたいならこれくらいやらないとダメなんですねと、私のような零細研究者は心が折られそうになりますが、特に興味深かったのは、本来CYTORを持たない線虫にCYTORを発現してやると筋組織の劣化を防ぐことができたことです。生物の進化とは、こうやって新たな因子を手に入れることで脈々と行われてきたのかもしれませんね。
 また、運動によりCYTORが調節されるメカニズムについても、CYTORの発現と相関するSNPがエンハンサー領域としてCYTORのプロモーターに影響することや、クロマチン構造の解析からCYTORの上流にあるTead1との関係を示唆するデータを示しており、運動→遺伝子発現変化→骨格筋量維持の流れがイメージとしてつかみやすくなっていることも大いに評価できるのではないでしょうか。
(文責:木村展之)

PDF (178KB)


海外文献紹介アーカイブ